04/28
【中国GP・ドキュメント】「靄に閉ざされた舞台に立て」(1/2)
上海の空は白い靄(もや)に包まれているが、時折その向こうから光が射し空全体が明るくなる。気温が15度にも達しないような雨まじりの寒々とした週末も、日曜にはどうにか上着一枚で凌げるほどの陽気になった。
スターティンググリッドに立つと、巨大なグランドスタンドが壁のように聳え、満員の観客が迫り来るようにさえ見える。それよりもさらに低く、コクピットに座るドライバーたちの目にはどのように映るのだろうか。
「ニコ、RSを解除していつもの手順でスタート練習を行なってくれ」
フォーメーションラップへと出て行くニコ・ロズベルグに、レースエンジニアが伝える。
「あまり良いスタートじゃなかったな……」
どのチームも最高のスタート加速を得るために、路面のグリップレベルとクラッチのバイトポイントをセンサーで読み取り、1周後にやってくる本番のスタートへ向けてクラッチマップを最適化する。ピットガレージではデータエンジニアが慌ただしく計算に追われている。
しかしメルセデスAMGのエンジニアは、ロズベルグのマシンに対して為す術はなかった。
「ニコ、テレメトリーが機能していないんだ。レース中に復旧させられそうにない。君に燃料使用量を読み上げて報告してもらわなければならない」
「そりゃ最高だ……」
予選でリスクを負って攻めたがゆえにスピンを喫し4番グリッドに沈んだロズベルグにとっては、さらに厳しい状況へと追い込まれることとなった。そしてメルセデスAMG勢だけがずば抜けた速さを誇る今、それはポールシッターのルイス・ハミルトンにとってライバル不在も同然の状況と言えた。
スタートで悠々とホールショットを奪ったハミルトンに対し、ロズベルグの加速はやはり鈍く、あっという間にフェルナンド・アロンソとウイリアムズ勢の先行を許してしまった。さらにターン1の飛び込みで行き場を失ってバルテリ・ボッタスに接触。タイヤ同士の接触であった固めに両者ともになんとか事なきを得たものの、その衝撃の激しさを物語るようにロズベルグの左フロントタイヤのサイドウォールからは黄色のマーキングが完全に消え去っていた。
首位のハミルトンは、後続を大きく引き離していく。
ロズベルグは4周目にもう1台のウイリアムズを抜き去り、4番手を取り戻した。戦況が落ち着いてしまえば、メルセデスAMGの優位は明らかだった。
「良いぞ、ニコ。フロントタイヤをいたわっていこう」
前を行くレッドブルの2台とフェラーリはフロントタイヤの劣化に苦しんでいる。長い右コーナーがいくつも存在するこの上海サーキットでは、タイヤを酷使すればあっという間に左フロントの表面がささくれ立ち、極度の摩耗が進む。
「左フロントにグレイニングが出て来たよ」
アロンソが無線で報告するまでもなく、オンボードカメラの映像には黒くざらついたフロントタイヤの様子が映し出されている。
「フロントタイヤにグレイニングが出ているのが見えるよ」
「セバスチャン、それを止めることはできないよ」
2番手を走る王者セバスチャン・フェッテルをもってしても、ソフトタイヤを上手く使いこなすことはできない。極めてフロントタイヤだけに厳しい特殊なサーキットなのだ。
だが、全力でプッシュする必要などないメルセデスAMGには無縁のことだった。
「タイヤはすごく良さそうだ、多少はグレイニングも出て来たけど、全然問題ないよ」
ハミルトンは明るい口調でそう報告する。
10周目が過ぎると、各車が我慢しきれずにピットに飛び込みミディアムタイヤへと交換する。ライバルたちのタイヤは表面がボロボロになり、特に左フロントはコンパウンドが完全摩耗に限りなく近い状態にまで進行していた。ハミルトンはまだまだ余裕だった。
「驚いたことに、フロントタイヤはまだ全然良いよ! リアも悪くない」
結局、ハミルトンは最初のピットストップまで17周も引っ張った。
「ニコ、これで19周目だ。ダッシュボード(液晶画面)の左下の数字、燃料残量を読み上げてくれ」
「71.9」
「了解だ。目標よりも多く残っている。問題ないよ」
そのロズベルグの前には、フェッテルがいた。
フェッテルは12周目にピットインを行なったが、1周早くピットインしたアロンソにアンダーカットされて3位に後退していた。
22周目のバックストレートからヘアピンへのブレーキングでフロントをロックさせながら、ロズベルグはフェッテルのインに飛び込んだ。2台はワイドに膨らみながらもロズベルグがインから先に立ち上がっていく。
続く最終コーナー、ストレート、ターン1〜2へとフェッテルも諦めずにサイドバイサイドで粘るものの、純粋なマシンの性能差はいかんともしがたく、最後はロズベルグの軍門に下るほかなかった。
「ニコ、素晴らしい走りだよ。ここからアロンソを追いかけよう」
ロズベルグに先行を許したフェッテルは、後方からチームメイトのダニエル・リカルドの突き上げをも喰らうことになった。
「ダニエル、ペースは良いぞ。アロンソ、フェッテルよりも速い。君より速いのはメルセデスAMG勢だけだ」
リカルドは24周目のメインストレートでDRSを使い、フェッテルにアウトから並びかけて先行しようとするが、フェッテルもそう易々とは行かせない。
「セバスチャン、リカルドを先行させてくれ」
「OKダニエル、追いついて彼をオーバーテイクしろ」
両ドライバーにはそれぞれのレースエンジニアから指示が伝えられる。2ストップ作戦のリカルドに対して、タイヤのデグラデーションが想定よりも大きいために3ストップへの変更を視野に入れているフェッテル。両者の戦略の違いを考慮してのチームとしての決断だ。
「彼が履いているのはどのタイヤ?」
「同じプライムだ」
「同じならなんで譲らなきゃいけないの? そんなの(抜けなくても)身から出た錆でしょ?」
「彼の方が3周後でピットインしたんだ。ダニエルは2ストップ作戦だ」
「分かった、彼を先に行かせるよ」
リカルドを抑えながらの何度かのやりとりの後、フェッテルは26周目のターン1でインを開けてリカルドにポジションを譲った。
「もうタイヤが厳しい。ピットインできない?」
「セバスチャン、ステイアウトしてくれ。その方が助けになるから」
フェッテルのペースは落ち、4位リカルドからもじわじわと離されていく。
周回遅れのケータハム小林可夢偉にさえ抜かれてしまった。もちろん彼は新品タイヤに換えたばかりというアドバンテージがあったにせよ、フェッテルのペースがあまりに遅かったこともまた事実だった。
それに対して苛立ちを見せるのも、フェッテルらしくない。2014年型マシンのドライビングに苦労し、チームメイトのように上手くマシンとタイヤを扱いきれない焦りが感じられる。
「ハッキリ言って、ふざけてるのか? 今は新品タイヤだから彼の方が速いけど、2周もすれば遅くなるじゃないか? 彼にどくように言ってくれ!」
その一方で、3位ロズベルグは2位のアロンソを射程圏内に捕えようとしていた。
(text by 米家 峰起 / photo by Wri2)
Comment
- トラックバックは利用できません。
- コメント (0)
コメントはありません。