【特別レポート】Amazonプライムビデオ『GRAND PRIX DRIVER』解説(後半)
マクラーレンがAmazonと提携して製作したドキュメンタリー『GRAND PRIX DRIVER』がアマゾン・プライムビデオで公開された。全4話で構成される第3話・第4話の内容をさらに深く正しく理解するために詳しく解説しよう。
GRAND PRIX DRIVER(グランプリ・ドライバー)
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0798X9794
【#3 新車発表会】
第3話は2017年2月24日に行なわれた新車発表会をめぐり、マシン製造に遅れが出て大慌てのファクトリー内の様子を描いている。
冒頭はまず、第2話の最後にホンダのパワーユニットを組み込んで初ファイヤーアップが上手くいかなかったように描いていた場面の続き。ホンダエンジニアが確認を重ねてトライするが始動しない。
しかしこれは従来のような外部スターターを使わないMGU-Kによる自己始動が上手く行かなかっただけのことで(映像中では「リモートファイヤーアップ」と呼ばれている)、スターターをリアエンドに差し込んで回すとすんなりエンジンに火が入った。
コンポーネントごとにいくつものECUを正しい順番で経由して起動しなければならない今のパワーユニットでは、ひとつでも数値が正しくなければハードウェア破損を防ぐために予防的にECUが自動でシステムを止めるようになっている。いわゆるフェイルセーフという機能だ。それが働いてMGU-Kによる始動が行なわれなかったというわけだ。
しかしハードウェアに問題があったわけではないので、スターターを使用すれば普通にエンジンは掛かった。それだけの場面だが、このように深刻に描くことでいかにもホンダのパワーユニットに問題があるかのような印象を与えている。
一方、マシン製造の遅れは深刻になっており、発表会の直前になってもノーズ、ノーズのマウント、フロア、リアブレーキダクトがまだ完成していない。当初は発表会用に1台、それとは別にバルセロナ合同テスト用に1台を組み上げる予定だったが、パーツ製造の遅れのため1台しか製造できず、1台で補うプランBへの変更を余儀なくされた。
フロア前端のバージボード床面部分の複雑さを製造の遅れの理由としているが、ようやく1枚目のフロアが完成したのは2月24日午前9時の発表会の数時間前というタイトさだった。この時点でもマシンはまだ完全には完成しておらず、発表会で披露されたのは本格的なパーツが装着されていない“ショーカー”の状態だった。
そして発表会が終わるとすぐにワークショップに押し戻され、2月24日午後5時からメカニックが大急ぎでダンパーなど実走行用のパーツ取り付けを再開して徹夜で作業を続け、本当に走行可能なマシンが組み上がったのは18時間後。
ここからトランスポーターでバルセロナへ運んだのではテスト開始に間に合わないため、空輸(トランスポーターはヨーロッパ各国の速度規制と運転手の勤続時間規定を厳守しなければならないため)。MCL32は2月25日の夜にバルセロナへと空輸され、その日のうちにサーキットへ運び込まれ、テスト前日の2月26日のフィルミング走行になんとか漕ぎ着けたとうバタバタぶりだった。
第3話では首脳陣やドライバーたちが出席した発表会の舞台裏も描かれているが、ザック・ブラウンやエリック・ブリエが「優勝も夢ではない」と期待をほのめかすのに対して、ホンダの長谷川祐介F1総責任者は「何も確約はできない、トップに追い付くために前進あるのみ」と控え目な発言に徹している。というのも、この時点でホンダ側は2017年型パワーユニットの開発につまずいており、開幕仕様はかなりパワーの低い暫定的なものになることはハッキリと覚悟していたからだ。
マクラーレンにもそれはハッキリと伝えていたにもかかわらずマクラーレン首脳陣がこの発表会で強気の発言をしてみせた背景には、すでにホンダとの決別を意識していたからであるようにも感じられる。ホンダバッシングへの伏線はすでに形成されていたのだ。
【#4 テスト走行の行方】
第4話は開幕前テストがトラブル尽くしであったような描き方をしているが、実際には2017年2月27日から始まったバルセロナ合同テスト1回目の初日と2日目に密着したものでしかない。映像の大半は前日26日のフィルミングデーで撮影されたものだ。時折、テレビ放送やラジオの実況のような音声がインサートされるが、これらはもちろん当時放送されたものではなく、後付けのヤラセとも言うべきものだ。
映像ではテスト初日の1周目にオイル漏れでピットに戻り、「ホンダはオイルシステムの問題と発表、修理に数時間を要する」と描いていますが、実際にはオイルタンク内のバッフルプレートの問題でコーナリング時やブレーキング時にオイルが偏ってしまい底部のポンプに上手くオイルが届かないという問題。
それも実際にはテスト初日の1周目に発覚したわけではなく、この映像ではなぜか省略されているテスト前日のシェイクダウン時に発覚していたもの。すでにホンダはオイルタンクの設計変更と改修を行なっていて、それが午後までかかるのが分かっていたので、おそらく本格的には走れないと思うけれどせっかくだからダメ元で午前9時にコースインしてみようということで走ったもの。
後日、長谷川総責任者は「予定通り22日にシルバーストンでシェイクダウンができていれば、オイルタンクの不備はそこで分かっていてテストまでには充分対応できたはずだったんですが……」と語っていましたが、もちろんそんなことはこのドキュメンタリーには描かれていない。
午後4時4分にオイルタンクの改修とパワーユニットの組み付けが完了し、走行を開始。アロンソは「エンジンブレーキの問題もあるが、ドライバビリティがプアでリアのバランスがひどすぎる。これじゃテストできない」と訴えてすぐにピットに戻ってテスト終了……と、2周しかしていないような描かれ方だが、実際にはインストレーションチェックに要した時間も含めて残りの2時間弱で29周を走行している。
エンジニアの「この水温、油温で続けても良いのか?」「あぁ高めだな」という無線での会話も収録されているが、これはシェイクダウン時から問題になっていたMCL32の冷却性能不足を示唆するもの。空力的に攻めてデザインしたせいか、水温、油温、前後ブレーキなどがオーバーヒート傾向で、シェイクダウン時にはブレーキダクトから白煙を上げながらピットに戻ってくる場面もあった。アロンソのコメントは、ドライバビリティを理由に挙げてはいるが当時最高だと言っていたマシンバランスが不安定であったことも示している。
テスト2日目にはストフェル・バンドールンがドライブし、「ステアリングにバイブレーション、特にストレートでのシフトアップ時に」「このエンジンじゃ無理だ」と訴える。コース上にストップする映像も差し込まれているが、これはシェイクダウン時のものだ。
12時31分にパワーユニットに問題が見つかり”エンジン3”に交換、40周しか走れずバンドールンは「1日無駄にした」と語る。これはICEの数気筒が死んでしまったもので、本当のパワーユニットトラブル。
ドキュメンタリーの取材はこの2日目までで終わっており、その後はナレーションで「残りの6日間でテストはさらに悪化」と簡単に説明するのみで、バンドールンが「大きな問題に直面している」、ブリエが「性能も信頼性も全てが難ありで体も心も疲弊した」が語る場面、そしてアロンソが「XXXエンジン、XXXパワーユニットだ」と語る無線音声が差し込まれる。
テストの総括として「メルセデスAMG製エンジンは2681周を走行、マクラーレン・ホンダは425周に留まった」と説明しているが、メルセデスAMGはフォースインディアとウイリアムズも含めた3チームの合計周回数であることには触れておらず、ホンダ・エンジンの信頼性不足のせいでテスト走行距離が極めて少なかったという印象を植え付けようとしている(メルセデスAMGは1096周)。
実際には完全に壊れたパワーユニットは2日目の1基のみ。テスト2回目の初日には“地絡”の警告でストップし念のため交換する場面もあったが、どちらかといえばテスト全体を見渡すと車体側のトラブルの方が多い。特にテスト終盤の2日間に何度もストップしたのは、車体側ハーネスの不具合だった。
この時期にはエンジンの“振動”によるものひとくくりにして語られることが多かったが、これは一般的なエンジン振動とは違い、いわゆる“オシレーション”と表現されていたもののこと。シフトアップするとエンジン回転数は下がるものだが、その際に回転数が収束するのに時間が掛かり(といってもコンマ数秒以下の話だが)、それが振動となって表われるというもの。開幕2〜3戦目までシフトアップ時にエンジン音に引っかかりがあるように聞こえていたのがそれだ。
それも車体の完成がもっと早く、ダイナモ上でマシンに組み込んだ状態でのテストができていればもっと早い段階で見つかって対策ができていたはずのことだ。実際、テスト後に「MCL32-04はホンダに送ってPUを組み付けてダイノでテストする」とファクトリーのスタッフが説明している。ちなみにシーズン序盤戦で使用されたのは1号車と3号車で、この4号車はスペインGPから実戦で使用されている。つまりこうしたオシレーション問題はシーズン序盤戦で解決できており、本来ならば開幕前にそれが果たせていたはずのことでしかない。
それ以外にもメカニック同士の会話や英国人ジャーナリストたちの会話が信憑性を裏付けるようにいんさーとされているが、ここに隠された欺瞞はこちら(http://members.f1-life.net/regular/63141/)で解説した通り。
そして最後はテストからファクトリーに戻ったブリエがジョナサン・ニールに会い、厳しい状況を説明するシーン。
ニールが「松本さんと急いで話さなければならない。フェルナンドのコメントの件もある」と語っているのは、実質的なホンダのF1統括責任者である松本宜之役員(当時)のことで、アロンソが必要以上に大袈裟なホンダバッシングをしてYahoo!のトップに出るなどホンダ側もかなり神経質になっていた時期の話。
フェルナンド・アロンソの言動については第3話で広報責任者が自ら「フェルナンドは自分がどうあるべきか分かっているし、アロンソ像を自分で作り上げている。言いたいなら言いたいように言えばいい、我々は抑え込んだりしない」と語っている。このドキュメンタリー内ではアロンソのホンダ批判はかなり抑えられているが、このニールの発言はバルセロナでのアロンソの言動がチーム内でも波紋を呼び問題視されことを示唆している。
これに対してブリエは「金曜にフェルナンドと会う約束に名手チル。彼はさよならを言うつもりだ。残留は100%あり得ない」とニールに語り、「このままではチームが崩壊するだけでなくドライバーを奪われる、ドミノ倒しが起きる。チーム構築に6年掛かっても6カ月で崩壊する」と説明する。ただしいくつかのニュース記事に取り上げられたような「文句を言わなければフェルナンドは爆発していた」といったコメントは収録されていない。その一方でザック・ブラウンの「今の状況ではスポンサーを確保するのは難しい」という言い訳じみたコメントが挟み込まれる。
実際にはマクラーレンはこれ以前にバルセロナでメルセデスAMGにパワーユニット供給を打診し、シーズン中のスイッチを視野に入れてMCL32にメルセデスAMG製パワーユニットを搭載した設計図さえ製作している。
この2時間にわたるドキュメンタリーの最後は「2017年シーズン、ホンダ・エンジンはマクラーレンと約束したベンチマーク(性能目標)を満たせず、ランキング最下位から2番目に。15戦を終えた段階でメルセデスAMGは503ポイントで選手権をリードしているのに対し、マクラーレンは23ポイントに留まっている」と締めくくり。
完全にホンダのせいでマクラーレンが低迷したという方向に印象操作し、最後はシンガポールGPでホンダとの提携解消とルノーとの提携発表というところで締めくくっている。
この『GRAND PRIX DRIVER』は、F1チームの内部を映し出したという意味では非常に貴重で価値のあるドキュメンタリー映像だといえる。しかしチームの意向を受けてか、あまりに恣意的な印象操作が含まれている点には注意しなければならない。当初のテーマであったF1に挑むレーシングドライバーの舞台裏を描くドキュメンタリーに徹していれば、もっと純粋に興味深い内容になったはずだ。内容が歪められメインテーマとは合致しなくなってしまってもなお『GRAND PRIX DRIVER』という表題を残したことを鑑みると、それはAmazonの制作者たちが最もよく分かっているのかもしれない。
(text and photo by 米家 峰起)
これは酷いですね。てっきりホンダが一方的に悪いだけだと思っていました。車体側でもエンジン側でも、トラブルが出るのはテストなのである程度許容すべきだとは思いますが、それを涼しい顔して全てエンジントラブルのように発表・報道するなんてドス黒いもいいとこですわ…
世間では、『エンジン側のトラブルがなければシャシーの熟成が出来た。貴重なプレテストの時間は奴らの尻ぬぐいに潰された!』なんていう認識が一般的です(私もそうでした)が、これ本当は真逆じゃないですか…
マクラーレン側の要求で始めたコンセプトゼロを廃止し、新たなコンセプトでの実質1年目をこんな状況で迎えるなんて、ホンダも相当キツかったでしょうね。これは手切れして大正解。
米家氏の記事はホンダに偏り過ぎなのではないかと思い込んでいましたが、全然そんなことなかったんですね。失礼しました。いつかホンダの成功を皆で祝える日が来ることを祈ります。トロロッソホンダがんばれ!!!
まさにそんなふうにマクラーレンの巧みな印象操作に騙されている人が大多数だと思います。
メディア関係者ですらそうですから……。
それに対して「パワーが出ていないのも事実だから」と反論しないホンダも情けないですしね。