REPORT【報道】

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 1日でも早く開幕を迎えたい−−。

 そんな気持ちで可夢偉がオフを過ごしたのは初めてのことかもしれない。

「予想なんてどうでも良いんですよ、言いたい人は勝手に言うとけって感じ。僕らとしては変に期待しすぎたくないし、それに振り回されたくもないから」

 可夢偉はそう言って、取り囲んだ報道陣の質問を遮った。

 青々と茂る芝生の上に、真っ白なテーブルセットとパラソル。さっきまでの雨が残していった露が、気まぐれに顔を出す南半球の強い陽射しに照らされて光り、芝の青さを際立たせている。

「そんなこと考えてるヒマがあったら、自分らのクルマを速くすることを考えた方が得でしょ? それが僕らの仕事なんやから」

 季節が夏から秋へと変わろうとしているメルボルンは、猫の目のように空模様が変わる。快晴の前日からは10度以上も気温が下がり、可夢偉もグレーのパーカージャケットを羽織る。そんな天候が金曜日までは続くという予報は、ほぼその通りになった。

 開幕前のテストで度々トップタイムを叩き出したザウバーの存在には、上位チームも関心を寄せている。シーズン序盤戦は彼らが興味深い存在になるだろうと、フェルナンド・アロンソは言った。不振にあえぐ彼らにとって、脅威になり得るという意味だ。

 だが可夢偉は敢えてそういった声から目を背け続けてきた。

 なぜなら、自分たちこそが自分たちのポテンシャルを最も良く知り尽くしていたからだ。

 このスピードを持ってすれば、これまで以上の好位置へと進めるのではないか。そんな期待とも自信とも言える手応えを、ザウバーは掴んでいた。

 雨混じりの空の下で始まった金曜日、3時間のセッションの末に彼らが得た答えは、それが正しかったという確証だった。

 可夢偉の表情はいつになく明るく、饒舌。ドライバーズミーティングへと向かうまでの僅かな時間も、ホスピタリティユニットの屋外に留まり、報道陣たちと言葉を交わし続けた。

 徐々に乾いていく路面コンディションの中で、5番手タイム。

「今日のタイムはあんまりアテにはならないと思うんですけど、まあ自分たちもまだ余裕を持っていることを考えれば、そんなに悪いところにはいないと思うんで。あとは予選なら予選、レースならレースでしっかり100%力を出せるように上手くクルマを作っていくことだけですね。初戦なんですけど、意外と余裕もあって、あとは本当に上手くまとめきれるかっていうところですね」

 セッション終了直前の最終コーナーでは、縁石に乗ってバランスを崩し、ハーフスピンを喫しヒヤリとさせる場面もあったが、当の可夢偉は笑い飛ばすほどの余裕があったようだ。

「意外と余裕はあって、(ウォールに)当たる自信はなかったんで。最後の周やってわかってたし。(なんとか立て直そうと)頑張ろうと思ったけど頑張りきれなかったんで諦めて(苦笑)」

 メルボルンの空はすっかり晴れ渡り、涼しい風がそよいで肌を撫でる。土曜日は晴天に恵まれそうだった。

 

 24ラインの数字が並ぶ漆黒のタイミングモニタの最上段に、K.KOBAYASHIの文字が表示され、快晴の空の下で満員のグランドスタンドが沸く。目の肥えたメルボルンのファンは、このドライバーが何かをやってくれるヤツだということを知っている。

 サーキットのあちこちで出張営業するブックメーカーの購買スタンドでは、地元の若者がコバヤシのチケットを買い、オッズはじわじわと下降を見せる。

 可夢偉は開幕戦のQ1をトップで通過してみせた。上位勢がオプションタイヤを温存しての結果ではあっても、ザウバーが同じようにアタックした中団グループの最上位にいることは間違いなさそうだった。

 だが次の15分間は、可夢偉にとって予想外に厳しいものになった。

 コースインした目の前に、マーク・ウェバー。こちらがアウトラップであることを知っていても、中団のマシンにそう易々と先を譲ってはくれない。じりじりと焦れるような攻防の末に、可夢偉は前に出るよりもペースを落として距離を置くことを選ばざるを得なかった。

 ペースを落とせば、タイヤは冷える。一度冷えたタイヤは、そう簡単には元には戻らない、

「ゆっくり走るとダメなんです。ピットアウトしたらひたらすら必死にプッシュするしかない。今年のタイヤは、一度ペースを落とすと冷えてしまって完全にグリップがなくなってしまうんです」

 可夢偉のタイムはコンマ3秒弱足りずに、進んで当然と思われていたQ3へと進むことはできなかった。

 失望の結果。しかしそれでも、C31のポテンシャルへの自信は確信に変わった。

「クルマはそんなに悪くないし、あれがなければ7〜8位くらいやったと思います。一発アタックの上がり幅っていうのは他のチームほどではないと思うんですけど、それで7〜8番手やったら充分でしょ? (ライバルより良い)レースペース的にはそのへんからスタートできれば充分やと思ってたんですけどね」

 Q1でトップに立った時には期待してしまったよ。そう言われた可夢偉は「あんまり調子に乗ったらダメですよ。みんな気が早いですよ(笑)。そんなんやからダメになるんですよ、ホンマに」と笑った。

「3年目で今までで一番自信があったのに、一番ヘコかった(笑)」

 独り言のようにぽつりと、可夢偉は本音を漏らした。自分たちのポテンシャルに対して秘めていた自信。

 苦しい位置からのスタートにはなってしまったが、まだポイントは充分に狙える。むしろ、C31のポテンシャルの高さに勇気づけられた方が、これからの数戦に向けては大きい。

 夕方に行なわれた予選が終わると、数時間もしないうちにパドックは闇に包まれる。

 フロントロウ独占のマクラーレン、ダークホースのロータス、台頭のメルセデスAMGとまさかの転落を喫したレッドブルの接戦。中団はウイリアムズ、フォースインディア、トロロッソが1台ずつのQ3進出。

 その中で、レースペースに自信を持つ可夢偉はどこまで行けるのか?

 誰も10周以上のロングランを行なっておらず、タイヤの寿命がどう推移するかも分からないまま迎える開幕戦の決勝前夜。全てをヴェールに覆い隠すかのように、アルバートパークのパドックの夜は更けていった。

 

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 遥か先に見える1コーナーの空からは、強い西日が差し込んでくる。グリッドガールの影がすらりと伸び、路面に美しいシルエットを描く。

 グリッドにマシンを停めた可夢偉は、フェンス際でレースエンジニアのフランチェスコと言葉を交わし、最後の確認をする。

 とにかくポイントを−−。

 今の可夢偉とザウバーにとって最も必要なのは、それに他ならなかった。

 時計の針が17時を指し、いよいよ2012年シーズン最初のレースが始まる。アルバートパークに高まる轟音、1ミリでも先を目指し加速して行くエネルギー。

 それが重なり合うターン1で、早くも混乱が起きた。可夢偉は冷静に、その混乱をすり抜けた。

「僕の周りは血の気の多いヤツらばっかりで、こいつら当てるつもりで来たやろっていうくらいの勢いで突っ込んで来たんで、僕は行き場を失って。ターン1でインにマッサが飛び込んできて、アウト側からは誰かが突っ込んで来て、その後セナが僕の横に突き刺さりそうになって(苦笑)。よくあそこで避けられて当たらずに済んだなと思いますね」

 しかし後方から飛び込んできたチームメイトが、可夢偉のマシンを避けきれなかった。可夢偉の翼端板は2つに折れ曲がり、当然ダウンフォースは大幅に失われた。

「フリー走行で重い状態で走った時と感覚は全然違ってたし、悲惨な状態でレースをスタートすることになって、今回はちょっと厳しいかなと思ってたんですけど」

 それでも確実にポイントを重ねたい可夢偉は、諦めることなく走り続けた。

 ダウンフォースを失ったマシンはスライドの量が増え、それによってタイヤの性能低下も予想よりも速く進んだ。可夢偉自身が最も楽しみだと語っていたキミ・ライコネンとのバトルが続き、両者は一進一退の攻防を見せ続けた。度重なるバトルにも、可夢偉は一歩も引かず、最後はライコネンの前で漆黒のロータスを抑え続けた。

 そして9位を走っていた最終ラップに、その瞬間は突如として訪れた。

 パストール・マルドナドのクラッシュに端を発した変動。

「セルジオ(・ペレス)が破片を踏まないようにと結構減速したんです。そうしたら後ろのみんなが詰まってしまって。で次のコーナー(ターン9)で彼がロズベルグに抜かれて、フロントウイングで当たってパンクさせて。それで2台ともシケイン(ターン11〜12)をショートカットしたんですけど、僕はそのまま普通に走って、裏ストレートでKERSを使って抜いて終わり、って感じです。僕は何もしてないんですけど(笑)」

 気付けば6位でフィニッシュ。しかしレース後の可夢偉の表情は、決して明るくはなかった。

「何もなければアロンソ(5位)の前でしたね」

 そう言い切る可夢偉は、1周目に追ったダメージのせいでマシン本来のペースが発揮できなかったことに不満を持っていた。

 予選でのコースインタイミングのミスは、フリー走行でも同じように繰り返していた。メカニックの大半が新しくなったことで、メルボルンの狭いピットガレージの中では慌ただしい混乱の場面も少なくなかったのだ。

「自分たちの力を100%出せるようにしないと」

 これだけの接戦ならば、フリー走行から決勝までの3日間をミスなく過ごすことが重要だと、可夢偉はテストの時から繰り返し口にしていた。僕は大丈夫やけど、チームがね……と。上位がミスを犯して潰れる可能性もあるシーズン序盤戦はなおさらそれが言えた。

 6位という結果を手放しで喜ぶのではなく、反省し見直すべき点は多々あった。

 最終周の混乱がなければ、9位でしかなかった。しかし可夢偉は諦めずに走り、前を見続けた。そして、チャンスは巡ってきた。

「ポーカーと一緒ですよ、最後の1枚をめくるまでわからないんです」

 その最後の1枚を、可夢偉は冷静に自分のものにした。

 マシンのポテンシャルが期待通りのものであったことは確認できた。しかし、課題も残った。嬉しさと安堵の気持ちもありながら、不安と苛立ちも入り混じる。そんな複雑な気持ちのまま、可夢偉はメルボルンを後にした。

 気まぐれな季節の変わり目の空。レース翌日のメルボルンには、再び厳しい暑さが戻っていた。

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(text by Mineoki YONEYA / photo by Wri2, Sauber)

 

2012年3月19日発行

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