REPORT【報道】

ITEM2012-0025-01

ITEM2012-0025-03 ITEM2012-0025-04ITEM2012-0025-05ITEM2012-0025-06

 

 ニューヨークに降り立った瞬間、可夢偉は後悔した。

 まるで冬かと思うほどの冷たい空気が肌を刺す。周りを見回せば、あまりにも場違いな格好をしてきた自分に気が付いた。ハーフパンツにTシャツ姿の乗客など、一人もいなかった。

「着いた瞬間、寒くて! リゾート気分で行ったんですけど、そしたら気温が10度しかなくて! みんな冬のジャケット着てた(笑)

 ホテルにチェックインするなり、すぐさま服を買いに走る。

 時差調整も兼ねて早めにやって来たはずのたった1日のニューヨーク滞在は、あっという間に終わってしまった。

「それでショッピングに1日使って終わりました(苦笑)。昼からカフェしようとか、オシャレにニューヨーク気分を味わおうと思ってたんですけどね」

 セントラルパークの緑を満喫した昨年のように、もちろんトレーニングも楽しむつもりではいた。しかし膝の調子が思わしくなく、それは諦めた。

 モントリオールまでは、僅か1時間のフライトで到着する。

 ここも肌寒い。レース週末には雨も予報されている。

 またしても一筋縄では行かない週末になりそうだった。

「ここは意外と天候がコロっと変わるじゃないですか。1日の中ではそんなに変わらへんけど、1日1日で変わるから。暖かい日の次が雨とか、そういうのが結構あるから。そういうのに対応しながら、リスクがあるんならちゃんとそれに対応しながらやっていかないとね」

 セントローレンス川に浮かぶ人工島イル・ノートルダムの風を感じながら、可夢偉は言った。

 過去を振り返ってみても、このジル・ビルヌーブ・サーキットとの相性は決して悪くはない。去年は豪雨の中で2位を快走した。

 マシンのポテンシャルが高く調子も悪くない今なら、もっと上を目指せるはず。

 それでも可夢偉は、いつものようにそんな期待からは目を背けるように、敢えて自分の仕事にだけ集中したいと言う。何も考えないで、という意味で使う”ニュートラル”という言葉もお馴染みになってきた。

 考えすぎると良い成績を期待してしまうから?

 そう問い掛けると、可夢偉は「それもあるかもしれないですね……」と認めた。

「あんまり変に意識はしないで週末に入っていって、しっかりと良い1週間を作ることだけを心がけないと。結局は”噛み合わせ”やからね。1週間常に良い仕事ができれば、どこかで必ずチャンスがあると思うし」

 そう言って可夢偉が見上げた空には、雲がかかっていた。翌日のセッションは、雨になりそうだった。

 

ITEM2012-0025-07

 

 金曜のセッションを終えた夕方、可夢偉は上機嫌だった。

 チームは雨を懸念してプログラムを前倒しし、午前中から多くの走り込みを行なった。しかし雨はほとんど降らず、結果的に充実したテスト内容をこなすことができた。

 そしてなによりも、C31の速さが確認できたことが大きかった。

 お決まりの質問としてTVのインタビューで明日の予選ではQ3が狙えそうかと聞かれた可夢偉は、苦笑いをして答えた。

「僕はトップ10よりもっと前を見てたんですけどね(苦笑)。もうそれしかないかなと思って。明日はトップ5を狙っていきたいですね」

 金曜から可夢偉がそう言い切るのは珍しいことだった。

 裏を返せば、そのくらい手応えを感じていたということだ。

 ただし気がかりなのは、この気温だ。

 曇天のモントリオールは、気温こそ20度を超えているものの、路面温度が20度ちょっとしかない。

 可夢偉が言ったように、陽が出ればたちまち暑くなるのがこの街の特徴だ。路面温度は軽く40度を超えてくる。この20度の違いは、ただでさえ難しいタイヤの予想をさらに難しいものにする。

「明日は路面温度が20度近く変わるかもしれないんで、今日テストしてもあんまり意味がないってことで、今日はパーツの比較ばっかりです。どんな比較かはナイショですけどね(笑)。結果もナイショです(笑)」

 そうやって冗談を言うほど、この日の可夢偉は上機嫌だった。それだけ大きな手応えを感じていたということだ。

 ニューヨークでの”失敗”もこれで帳消しになる。

「明日ホントに暑くなれば、今回初めてハーフパンツがちょうど良くなる季候になるなぁって感じですね(笑)」

 だがそれは可夢偉自身が言った”ニュートラル”のモットーから外れていることに、このときの可夢偉はまだ気付いてはいなかった。

 

ITEM2012-0025-08

 

 1000分の8秒——Q2のアタックを終えた可夢偉は、たったそれだけの差でQ3進出を逃した。

 だが悔しさが残る予選ではなかった。

 自分としてはやれるだけのことはやった。期待が大きかったぶん、失望の色が濃くなってしまっただけのことだ。

「そんなに大きなミスをしたわけでもなく上手くまとめらてあのタイムで、トップからはコンマ5秒ですから、実際にはタイム的には悪くないんですけどね。2位の(ルイス・)ハミルトンまでなんて、コンマ3ですからね。そんなに悪くないやん。それやのにこれやから、ちょっと哀しいですよね」

 土曜日になって、モントリオールの空には太陽が出てきた。

 それと呼応するように、ザウバーのミスも明らかになった。

「ちょっと見誤りましたね。昨日は僕らが思っていたよりも周りが重い燃料で走っていて、それで僕らが混乱してしまったみたいです」

 クルマにあとコンマ1秒でも速さがあれば……可夢偉はそう言った。ドライバーとしてはやれるだけのことはやり切ったからこそ言える言葉だった。エンジンのパワー不足を補うために削りに削ったダウンフォースで、ドライバーの腕でねじ伏せるしかないマシンに耐えた上での走りだった。

「まぁ、あとコンマ5秒でトップって考えたら、大外しはしてないんですけどね。バカげた読み誤りではないんですけど、残念ながらクルマの速さがコンマ1秒ほど足りなくて、その上で(金曜に)軽すぎる燃料で走ってたっていうだけで。ま、こんなもんでしょ、今日は。コンマ1秒稼げたらラッキーって思ってたけど、無理やったっていうね……」

 ただし、決して大きなミスではない。レース週末の流れに影響するようなミスでもない。

 これだけフィールドがタイトで、レース週末を完璧にまとめることが重要だと言われる中で、可夢偉にとって、今季はまだ完璧な週末というものがない。いつも何らかの災難が襲いかかる。

 そういう意味では、このモントリオールの週末はまだ災難は起きていない。

「まぁ、ここまではスムーズに来てますよね。ただクルマの速さが残念だったっていうだけで。でも悪くはないと思うから。予選がこのポジションやったら限界もあるから、明日はまぁ、ほどほどにね」

 金曜のセッションを終えた時点で、予想以上にタイヤの保ちが良かったことで1ストップ作戦の可能性が言われていた。だが、予測の難しい今季のピレリタイヤでそれが可能なのか。

 この時点では可夢偉は疑いを持っていた。

「1ストップ? いや、教えませんよ! この時点で教えたらダメでしょ(笑)」

 そうは言いながらも、帰り際に出くわしたフェラーリの浜島裕英に可夢偉は聞いた。

「明日は1ストップで行けますかねぇ?」

 どうだろうね、と浜島が言ったように、翌朝、サーキットに来てみれば可夢偉には2ストップ作戦が用意されていた。

 

ITEM2012-0025-09

 

 モントリオールの真っ青な空には、眩しい太陽が輝いている。

 右へとカーブしていくメインストレート。そのコントロールライン上に「Salut Gilles(やぁ、ジル)」とこのサーキットの主に呼びかけるペイント。没後30年の今年は、そこにその数字が描き足されている。

 目にも鮮やかな真っ赤なドレスを身に纏ったグリッドガールが、目眩を起こして横になるほどの陽気がアスファルトを灼き付ける。路面温度は45度にも達している。

 11番グリッドの可夢偉の前には、大勢のマシンがいる。

 ここは直線が多く、抜けるサーキット。

 グリッドに就いた時点でスーパーソフト・タイヤを履いているからには、遅いマシンを抜いて自分本来のペースで走らなければならない。それが2ストップ作戦を採る者に課せられた使命だ。

 レッドシグナルが消えた瞬間、可夢偉のC31はいつものように素晴らしい加速を見せた。ジェンソン・バトンのマクラーレンに並びかけ、さらに前を伺う。

 しかし左へ右へと曲がりくねった狭いサーキットの中で、可夢偉は1周目にマシンを壊すような危険な橋は渡ることはできなかった。

「スタートは悪くなくてバトンを抜いたんですけど、(ミハエル・)シューマッハが意外に早くブレーキングしてそれに詰まってしまって。で、ターン6で前が詰まってて、(キミ・)ライコネンが大外刈りで来て抜かれてどうしようもなかったですね。ちょっと運が無かったですね」

 そして、メルセデス・パワーを武器に予選で上位につけたフォースインディアが、予想通り決勝ではペースを落として渋滞を作り出す。

 だがエンジンパワーで劣る可夢偉は、なかなか前に出ることはできない。最高速は同じでも、立ち上がりのトルクで劣っているぶん、ストレートの前半で差を付けられてしまうからだ。

「実際、戦いようがないですよ。ライコネンに引っかかったのもあったし、(ポール・)ディ・レスタを抜けなかったのも痛かったし。あれが抜けていれば全然違うレースになったと思うんですけどね。余裕でもっと前に行けてたと思います」

 コーナーらしいコーナーがほとんどないジル・ビルヌーブ・サーキットでは、各車のタイム差はほとんど生まれず、レースが進んでも隊列は別れていかない。

 上位勢の中ではできるだけ引っ張って、24周目にピットインした時点で、すぐ後ろには後方スタートの1ストップ勢が迫ってきている。ここで可夢偉は1ストップに切り替えざるを得なかった。

「結構キツかったです。プライムで(残り)46周ですからね。でも1回ストップじゃないとポイント獲られへんから、無理矢理1回に変えて。まぁ、結果的にはオプションでスタートしたのが失敗でしたね」

 最後まで走り切れるか否か、ギャンブルと言えた1ストップ作戦は、結局この日の「正解」になった。

 チームの意向に沿って可夢偉とは作戦を分け、そのギャンブルを選んだチームメイトのセルジオ・ペレスは、C31の素性の良さと彼自身のタイヤマネージメントの上手さによって、そのギャンブルを成功させた。

 15番グリッドからタイヤをいたわりながら淡々と走り切り、2ストップを選んだ上位勢が後退していくのを尻目に、次々とポジションを上げる。70周のレースが終わって見れば、彼は3位まで浮上して2度目の表彰台をもぎ取ってしまった。

 安全策を選んだはずの可夢偉は、9位。両者の明暗は、またしてもハッキリと分かれてしまった。

「まぁ、こんなもんでしょ。普通にいって9位で。ギャンブルするか安全牌で行くかっていうだけで、安パイでいったのは安全に9位でフィニッシュしたっていうだけですね。1回か2回かっていう読み間違えをしただけで、レース中に1回に切り替えてギリギリでポイントが獲れたっていうだけですよね」

 同じ北米大陸とあってメキシコからのゲストが多かったこともあり、ザウバーのホスピタリティは今季2度目の表彰台獲得に沸いた。

 その喧噪の中で、可夢偉は言った。

 さぞかし落胆しているのではないかと気遣う周囲に、「みんながネガティブに考えてるだけですよ」と。

「いや、別に良いと思いますよ。これでコンストラクターズランキングも上がったし、チームとしても良い結果ですから。僕自身は今週、仕事としては悪い仕事をしてるわけじゃないから、もちろん喜んでるし、来るべきチャンスが来れば僕にも(表彰台の)チャンスはあると思うし。クルマが速いっていうのは分かってるし、チャンスはありますよ」

 そのことはチームも充分に理解している。可夢偉に安全策を採らせたのは、彼が確実に結果をもたらしてくれると全幅の信頼を寄せているからだ。根っからのレース屋のペーター・ザウバーはそのことをよく分かっているし、辣腕の経営者であるモニシャ・カルテンボーンもそうだ。だからこそ、こんなレースの後でも二人ともに可夢偉をにこやかに迎え、労をねぎらってくれる。

 そうは言っても、その場に長く留まる気分にはなれなかった。

 モントリオールを発つフライトは翌日だったが、可夢偉はエンジニアリングミーティングが終わるとさっさと荷物をまとめてサーキットを後にした。

 自分にもチャンスは巡ってくる、そう固く信じて。

ITEM2012-0025-11

(text by Mineoki YONEYA / photo by Wri2, Sauber)

 

2012年6月18日発行

ITEM2012-0025 / FOLB-0017

 

 

Related Articles

コメントは利用できません。

Recent Post【最新の記事】

Calendar【日付で記事検索】

2021年8月
Mon Tue Wed Thu Fri Sat Sun
« Jul    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031