REPORT【報道】

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 最初のハードブレーキングから低速のコーナーを立ち上がると、小林可夢偉のザウバーC31は4番手にいた。

 5つのレッドシグナルが消えた瞬間、いつも通りのハイグリップがアスファルトを掴み、C31は絶妙な加速を見せてくれた。

「あいつが前で何かやらかしてくれたらええんやけどね」

 冗談でそう言っていたロマン・グロージャンがインに飛び込んでいくのに、素直に着いていった。全開で抜けて行く高速のターン1から、低速のターン2へ。

 もう一人の”要注意人物”と可夢偉が言ったパストール・マルドナドが、2位のルイス・ハミルトンにアウト側から仕掛ける。それをけん制するハミルトンがややアウトに膨らむと、その後ろには後続が詰まり、反対のイン側には大きなスペースが空いていたのだ。

 7番グリッドからスタートしたはずの可夢偉は、気付けばあっという間に4番手へと浮上していた。

「今年はタイヤの扱い方よりも、どれだけ前がクリアで、自分のペースで自由に走れるようにするかっていう方が重要なんです。タイヤマネージメント云々やドライビングスタイル云々だけじゃなくて、周りの状況によってレースは大きく変わってくるんです。」

 フィールドの10数台がコンマ数秒にひしめく今季のグランプリでは、レースごとに勢力図が入れ替わる。それは実際に実力差が入れ替わっているのではなく、レース中のほんの些細な運・不運によって決められている。

 前戦カナダでチームメイトが3位を奪い、自身は9位でレースを終えた理由を、可夢偉はそう理解した。自分がトラフィックに捕まり続けたのに対し、セルジオ・ペレスが1ストップ作戦を成功させたのは、後方からクリーンエアの中を走ることができたからだ、と。

「セルジオはタイヤを上手く使ったことも事実ですけど、単独で走る時間が長かったことも大きかった。それがタイヤマネージメントのキーなんです」

 あれから2週間が経ち、バレンシアの真っ青な空には今年も太陽がギラギラと高く輝いている。

「今回こそは頼みます、神様!」

 決勝を前に、可夢偉はそうつぶやいていた。

 あとは運だけ。ドライバーとしてそれ以上できることがないのだから、あとは神頼みしかない。

 それはちょっと冗談めかした、しかし可夢偉の切実な思いでもあった。

 

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 木曜のバレンシアは、まさに文字通り、茹だるような暑さに見舞われていた。

 気温計は39度を指し、空高くから灼熱の太陽が照りつけ体感温度をさらに高くする。

「あれ? ここ、こんなに涼しかったっけ?」

 白亜のモーターホームの2階に上がって、可夢偉は言った。

 エアコンのないザウバーのモーターホームは、太陽の光が照りつけるサーキットでは中が蒸し風呂のように暑くなる。可夢偉のプライベートスペースはエアコンが完備されているものの、普段の生活スペースである地上階はまだしも、上階の暑さといったらない。

 その上階が、少しだけひんやりとしている。

 天井を見上げれば、そこには冷風の吹き出し口が設置されていた。

 節約家のザウバーでさえ、さすがにエアコンを入れざるを得ない暑さ。それがバレンシアの暑さなのだ。

「マシン的には大丈夫やと思いますよ。今回はこの暑さをきちんと見極めることが大切ですね。タイヤをしっかり理解すれば、良いレースができるはずです」

 日曜にも同じような暑さが予想されている。

 しかし金曜は一転して肌寒さを感じるほどの気候になった。薄雲が広く空を覆っている。午後になっても気温は25度ほどにしかならず、こうなってはザウバーご自慢のエアコンも形無しだ。

「実際には日曜日はもっと(温度が)高くなると思うんで、今日の気温だとちょっと分からないですね。もし気温が上がったりすればまた違う展開になるんじゃないかと思うし。まぁクルマは悪くはないと思うんですけど、明日はみんなも上げてくると思うんで、僕らも上げていかないとね」

 FP-2で3番手のタイムを記録した可夢偉は、言った。しかし、それ相応の手応えを感じていないわけではない。

 派手なタイヤロックも一度あった。

「一発やりました。FP-2のファーストアウトで。それでもタイム的には結構良かったんですけど、ウェバーが最終コーナーのところでバカみたいにスローダウンしてたんで、ちょっとブレーキで頑張ってインに入ったら、グリップしなくて。どうしてもああやってラインを外すとロックしちゃうんですよね」

 ただ、ハイドローリック漏れのトラブルが発生したせいで、午後に予定していたロングランができなかったのは痛かった。

「オプションの1周(アタック)は良かったんですけど、その後(のロングラン)はちょっとわからないですね。それが今回の中心になるかなぁという気はします」

 開幕前のテストから幾度となく起きているトラブル。バルセロナの予選では、そのせいでフロントロウ争い、ひいては優勝争いという絶好のチャンスを失った。

 あの時壊れたのは、ハイドローリックパイプをつなぐ金属ジョイントの、機械溶接による加工部分であって、誰のせいでもなかった。それまでに壊れたこともなければ、寿命と思われるほど使用したパーツでもなかった。

 従来以上に攻めてデザインされているC31には、どうしてもこういう箇所が存在してしまう。ハイドロ系しかり、リアサスペンションの左右をつなぐキネティック機構しかり。速さと引き替えの代償と言えばそれまでだが、肝心なところで壊れたのでは、いくら速さがあっても意味がない。

 攻めと守りのバランス。それをコントロールしきることもまた、チーム力なのだ。

 思えば、金曜午後のこの時点から嫌な予感はあった。

 

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「エンジンはあんまり良くないな」

 FP-3のインストレーションチェックに出ていった可夢偉は、無線で担当エンジニアのフランチェスコ・ネンチに言った。

 ストレートの長いバレンシアのサーキットだが、ニューエンジンはザウバーにとってはさらに”有望”と言えるシルバーストンにとっておきたい。可夢偉にとっては、地元鈴鹿にも最後の1基をとっておかなければならない。そう考えると、ここに新品を投入するわけにはいかない。

「もう3レース目のエンジンです。だからもうクタクタで。メルセデス勢はニューエンジンばっかりでしょ? それを考えたら、健闘した方やと思いますよ!」

 メルセデス・エンジンを積むマクラーレンとフォースインディアは、ダウンシフト時にバリバリとエンジン音を響かせながらコーナーにターンインして行く。エンジンマッピングを駆使し、昨年のオフスロットルブローのような効果を得ようと必死だ。

 特にフォースインディア勢はカナダでその効果を発揮し、バレンシアでも初日から好ペースを見せていただけに、可夢偉としても彼らが予選で上位に飛び込んでくることは充分に予想していた。だからこその、ニューエンジン投入回避だった。

 だが、予選Q3が始まってみると、彼らの勢いは怖れていたほどではなかった。

「タイムが拮抗しているから、タイムアタックに出よう!」

 普段ならタイヤ温存のためにアタックを控える場面だが、フランチェスコの指示に可夢偉も黙って従った。

「(タイヤ温存も)一瞬考えたんですけど、周りとのタイム差が近いから『行け!』って言われて。文句言わずに『ハイ』って行きました(笑)」

 結果はフォースインディアを上回っての7位。

 Q1を1度のアタックのみで通過したことで、Q2、Q3に新品のソフトタイヤを残すことができたのが大きかった。

 しかし、可夢偉自身としてはもっとやれたという思いもあったようだ。

「かなりの接戦の中で7位なので、喜ぶべき結果なんでしょうけど、コンマ1秒、2秒でさらにポジションが上げられる状況だったので、もう少し上に行ければ良かったなという気持ちもありますね」

 だが、これだけ大接戦の今のフィールドで、0.1秒を稼ぎ出すことは至難の業だ。各チーム、各ドライバーが、すでに極限までタイムを縮める努力をしている。だからこそ、この接戦なのだ。

「前のメンバーを見ると、簡単ではないメンバーですからね。このコンマ1秒はもうちょっと簡単かと思ってたけど、最近むちゃくちゃ難しいってことが分かりました(苦笑)」

 そう語る可夢偉の表情は、もう少しやれたという思いもありながらも、誇らしげにも見えた。

 この位置からならば、決勝でも上位勢と対等に戦えるかもしれない。

「ここは作戦の幅があんまりないんで、スタンダードに行くしかないと思ってます。スタートタイヤも決まってるしね」

 ピレリが持ち込んだソフトとミディアムには、ライフに大きな差がない反面、ペースには明らかな差がある。だから当然、ソフトを中心とした2ストップ作戦以外の選択肢を選ぶ意味は希薄になる。

 金曜にロングランができなかった可夢偉は、重たい燃料でのマシンフィーリングも確認できていない。しかしそれでも、可夢偉らしく力強く答えた。

「心配は結構ありますけど、でもチームメイトはそんなに悪くなかったんで、大丈夫だと思います。クルマの調子は分からないんで、行き当たりばったりで行ってみたいなと思ってます。明日はしっかりポイントを獲りたいですね」

 予選が終わり、居並ぶサポートレースの数々が終わってもなお、バレンシアの太陽は高くギラついている。

 夜10時を過ぎてもまだ日の光が残るこの地の1日は長い。

 しかし可夢偉にできるのはもう、神に幸運を祈ることしかなかった。

 

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 神への祈りが通じたのかもしれない。

 可夢偉のレースは、4番手で始まった。それは、トラフィックに邪魔をされない”レーシングな”レースができるということを意味する。

 前の3台とは同じ戦略。後ろの数台も同じ。つまりは、実力と実力の真っ向勝負になる。

 数ラップが過ぎて、首位セバスチャン・フェッテル以外だけが大きく後続を引き離す。しかし可夢偉は、その後ろの2台は自分とさほど変わらないか、むしろ自分に及ばない程度のペースしかないことを見切った。そして、彼らにフェッテル追撃の意思はない。

 可夢偉は2位争いの真っ只中にいた。

 後続の追い上げはさして厳しくはない。それを感じ取った上で、タイヤとマシンを労るために可夢偉は前との距離をコントロールする。

 バレンシアの空気はただでさえ暑いのに、前走車の乱流の中を走っていたのではなおさらタイヤやマシンを冷やすのに充分なエアが得られない。灼かれた路面の温度は優に40度を超え、50度に達しようとしている。まさにタイヤマネージメントが重要になってくる。

 似たような戦略であるからには、ピットストップのタイミングが勝敗を分ける。後々のプッシュを可能にするためには、自身が言ったようにトラフィックを避けタイヤマネージメントを欠かさないことが鍵になる。やがてやって来る勝負の瞬間のために、タイヤのグリップを温存しておく。マシンいっぱいにクリーンエアを浴びながら。

 10周目を迎える頃には、タイヤのグリップを失ってピットへと向かうマシンが現われ始めた。

 タイヤ交換をしたいと訴える可夢偉を、フランチェスコが後続集団のトラフィックを見ながら制す。クリーンな場所に戻るためには、欠かせないことだ。トラフィックに填まってレースを台無しにすることに比べれば、グリップの落ち始めたタイヤで数秒をロスすることなど大したことではない。

 14周目、いよいよ可夢偉がピットへと向かう。周りのライバルたちも揃ってピットイン。前のハミルトンは1周前、後ろのアロンソは1周後、そしてフェッテルとグロージャンは2周後にピットインを行なう。

 そこで事件は起きた。

 ピットボックスに停止した可夢偉の、左フロントタイヤが外れない。

 メカニックはホイールガンと格闘し、やっとの事でナットを外してホイールを付け替える。

 全ての作業が終わる頃には、6.2秒が経過していた。

 コースに戻ると、フェルナンド・アロンソとキミ・ライコネンに先行され、さらには後方から1ストップ作戦狙いでピットストップを遅らせている遅いマシンの集団にも捕まってしまった。

 そして、完全にリアタイヤのグリップを失ってペースを落としたウイリアムズのマシンを処理しようとしたその瞬間、可夢偉は行き場を失ってフロントウイングにダメージを負ってしまった。

「どうしようもないっていうか、(ブルーノ・)セナが何を思ったんか突然右にラインを変えてきて。避けきれないっていう状態で。最悪と言うしかないですね」

 ピットに戻り、ノーズ交換。その直後に、セーフティカー導入。

 リスタート直後のバトルの中で、抜いたはずのフェリペ・マッサと接触し、再びウイングを破損。

 可夢偉に非がないことは分かっていたが、ペーター・ザウバー代表は二度に渡る手痛い出費に「もう辞めろ」とリタイアを指示した。もう入賞の望みは絶たれているのだから、と。

 だがその判断は、間違いだった。

 スチュワードはマッサとの接触について可夢偉にドライブスルーのペナルティを科す裁定を下した。すでにリタイアしていたことで、それは次戦イギリスの5グリッド降格へと変わる。まさに、泣きっ面に蜂とはこのことだった。

「サイドバイサイドで入っていったんですけど、結果的に僕がペナルティを受けて。僕は前に出てたから良いかと思ったんですけど、充分にスペースを空けてないって言われて。抜きに行って前に出てるんやから、スペース空けるもクソも関係ないと思うんですけど。まぁ、よく分からない審議結果ですね」

 スタートの幸運から一転、全てが崩れ落ちるように、不運は重なった。

「完全に最初のピットストップで終わった、という結論ですね。それ以降は流れが悪くなって……」

 そのピットのロスも、今季すでに何度も起きていたトラブルだった。上位チームであったなら、そのまま放置などせず、とうに解決していたはずだ。

「まぁ、これが結果です。これが現実です。チーム力の差というか、そういうものだと思います」

 可夢偉は敢えて笑顔でそう言った。

 だが、優勝したのは可夢偉よりも後ろにいたはずのアロンソ。何事もなくレースを終えていたならば、自分が表彰台の中央に立っていた可能性さえもあった。少なくとも、表彰台獲得は間違いなかっただろう。

 悔しさとやるせなさの綯い交ぜになった気持ちは、どうしようもなかった。

 エンジニアリングデブリーフィングを終え、モーターホームの裏口からさっさとパドックを後にする。

 今年もバレンシアの太陽は可夢偉に残酷だった。

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(text by Mineoki YONEYA / photo by Wri2, Sauber)

 

2012年6月30日発行

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