REPORT【報道】

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 イタリアの太陽は熱い。

 雲ひとつない真っ青な空から降り注ぐその力強い直射日光は、肌をヒリヒリとさせる。暑さを超えて、痛さを感じさせる強さ。

 8月を過ぎてすっかり秋めいたヨーロッパ諸国とは異なり、アルプスを越えた南のこの地は、まだまだ夏の陽気が残っている。

 可夢偉はショートパンツにビーチサンダルという軽装を楽しみながら、古風なカフェの椅子に腰掛けて、カプチーノのコクとラテのまろやかさの絶妙なバランスを味わっていた。

 荘厳な観光名所から少し離れて目立たないこの小さな路地には、高級ブランドのブティックが建ち並んでいる。世界のファッションを牽引する、ミラノの隠れた中心地。そんなモンテナポレオーネ通りに、『Caffé Cova』はある。

「めちゃめちゃ美味いカプチーノ屋さんがあるの知ってます? あそこのカプチーノは世界一なんです。朝、それを飲むためだけにミラノに行ってたんです」

 失意のスパから僅か3日後。

 あの思いを完全に吹っ切ることができたと言えば、それは嘘になる。

 可夢偉にしてみれば、もうできるだけ早く忘れてしまいたい記憶。だが周囲はそれを許さない。当然のように、スパのことを振り返って知ろうとする質問が投げかけられる。

「(前戦は)スパでしたっけ? あんまりスパについて話すこともないかなと思うんですけど(苦笑)。何を話すんですか? それイジメでしょ?(笑)」

 そう冗談めかして言って、答えをはぐらかす。

 しかしそれでも、事故の原因を作ったロマン・グロージャンのスタンスに対しては、しっかりと自分の意見を語った。

「クラッシュするのは簡単やけど、クラッシュしたって僕らには何も将来の役に立たないんで。彼自身も分かってるとは思うんですけど、どうしてああなるかということが僕には分かんないですね。1戦の出場停止なんて、軽いと思いますよ。1レースで済んでラッキーでしょ」

 アウトドローモ・ディ・モンツァの長いストレートの向こうは、陽炎の中に揺れている。

 その長さはつまり、ザウバーにとって苦しみの長さ。エンジンパワーに劣るC31では、ライバルたちに抗うことはできない。

 マシンの前後には、ここモンツァでしか見ることのできない小さなウイングが据え付けられている。その上、フラップは極限まで浅い角度に寝かせられる。

 最高速の差で抜かれないためにウイングを削れば、その分だけコーナーが厳しくなる。勝負の鍵は、そこだ。

「ここは高速っていうよりも低中速コースやと思うんで、スパとは比較できないです。去年よりはクルマが良くなってることを願って、しっかりセッティングして。今回はスパほどは行けないと思いますけど、どこまで行けるか……」

 そう言って苦しい週末を覚悟してはいたが、もしかすればQ3に進むことも可能なのではないか。そんな淡い期待を抱いてもいた。

 だがモンツァの初日は、可夢偉の想像以上に厳しいものとなった。

「クルマがなにかおかしい!」

 これからロングランをという午後のセッションで、コースインしてすぐに可夢偉は無線で叫んだ。

 エンジニアがマシンのデータを確認すると、確かにリアサスペンションのストロークに異常が散見された。

「マシンがすごく跳ねて、ストレートでもスピンになりそうなくらいで(苦笑)。あまりにも危険なんで、走るのをやめたんです」

 原因は、来年に向けて試験投入されたコンポーネントにあった。

 そのため残りのレース週末にトラブル再発の心配なかったが、燃料を積んだマシンのフィーリング確認もできていなければ、ロングランでのタイヤ傾向を知るためのデータ収集も行なうことができなかった。

「クルマがどうとかいうよりも、直線があまりにも遅すぎて。午後の一発目はちょっとマシにはなったんですけど、それでもまだ今ひとつで。

 原因を見つけようと思っていろいろやってみたんですけど、クルマがよく分からないまま走れなくなってしまって……ちょっと酷い1日でしたね。今日走った中で使えそうなデータでセットアップを調整して、明日の朝に走ってみてどこまで合わせられるかですね。残りの1時間でどこまで上げられるか……」

 太陽が照る空はこんなにも明るいのに、可夢偉の目の前は闇の中。

 出口の見えないトンネルの中を彷徨っている。

 

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 モンツァのレース週末は、日を追うごとに暑くなっていくようだった。

 パドックには例年のように大勢の関係者ゲストが訪れ、跳ね馬の活躍を表わすように土曜日から観客スタンドも昨年以上の賑わいを見せている。

 その期待に応えるように、今季ここまで純粋な速さでトップに立ったことなどなかったフェラーリが、Q1、Q2とトップに立ち、スタンドを赤く染めたティフォシの興奮は最高潮に達した。

 可夢偉のクライマックスも、そこだった。

 マシンは昨日の状態から幾分増しになったとはいえ、純粋なポテンシャルから考えれば、トップ10進出は難しそうだった。しかしセッションの残りが5分を切ったところでコースインしてみれば、目の前にはレッドブルの2台がいた。

 そのチャンスを、可夢偉は見逃さなかった。

「レッドブルの2台がいたんで、『こいつらスリップを使い合おうとしてるんやろな』と思って、そのおこぼれをもらって。向こうも僕と(予選順位を)戦ってるって分かってるから、ウェバーが直線で逃げて、結構離れてたんですけど、ベッテルのスリップがちょっと被ってて使えたんです」

 あのスパの最終アタックのように、完璧なミラクルアタック。可夢偉はモンツァでもまたドライバーとしての類い稀なる嗅覚と才能を見せつけた。

「今週は予選まで1回も1周がまとめられてなかったんです。あとは予選で1周をまとめて、それとスリップストリームを使ったらどれだけタイムが出るかなっていうところで。それが上手くいくかどうかっていうのは流れ、運もあるけど、今回はそれが上手く決まりましたね。それだけが全ての予選でした(笑)。『行けるかどうか分からないけど行ってみよう』くらいの気分でいった予選やったから(苦笑)」

 可夢偉は照れてそう言うが、それは間違いなく可夢偉にそれだけの力があったからこそ為し得たことだった。

 Q3でもエンジニアに「スリップを使わせてくれ」と訴えたものの、クリアラップをとることが優先と判断したフランチェスコは可夢偉を単独でコースに送り出した。

「中途半端だったでしょ?(苦笑) 『誰か(が前に来るの)を待って、スリップを使わせて』って言うたんですけど、『行け、行け、行け!』みたいな感じで。(前の)ロズベルグえっらい離れてるなぁ、みたいな。メインストレートだけで(スリップ効果がなくて)コンマ3遅くなってたから、『こらあかんわ』と思って(苦笑)」

 だが、可夢偉自身としてはやり切った感はあった。Q3に進むことが出来たのは、間違いなく自分自身の腕によるものだという自信があった。

「Q2と同じタイムを出してたら5番とかでしたけど、それはまぁタラレバやし、できたとしたらミラクルですよ。実際(Q2の2回目のアタックは)すごく良いラップやったし、あれをもう1回決めろっていうのは至難の業やと思うし、タイム的にはスパ以上の出来ですよ」

 可夢偉の中では、ほぼ予想通りのポジション。

 今シーズン予選で散々苦労させられてきただけに、良くも悪くも予想通りというのはザウバーにとって滅多にないことだ。饒舌になった可夢偉は、少しだけ皮肉を込めてそう言った。

「見事に当たりましたね、珍しく(笑)。『Q3に入れたらラッキーやな』くらいに思ってたから。僕らの実際のパフォーマンスでいうと、Q3に入れたことはすごくラッキーやったと思うし、8番っていうのは想像よりも上でしたから」

 朝の走り出しは”最悪の状態”。可夢偉曰く、「昨日は論外やったけど、今朝は走れる範囲の中でクルマが散々」という状況だった。

 極めて乗りにくい状態で、それゆえに1周を完璧にまとめることも出来なかった。そこからセットアップを変更して運転に対するクルマ側の許容範囲を広げ、乗りやすくして予選に臨んだ結果がこれだった。

 たった11のコーナーしか持たず、シンプルに見えるモンツァには、落とし穴がある。

 極端な高速ゆえに、寸分違わぬ規定通りの走りが求められるのだ。

「1周をまとめるためには、ブレーキング、アクセルのシビアさ、縁石の乗り方、全部ですよ。どこよりも難しいと思う。だって、縁石って難しいんですよ。コーナーの進入もあるけど、中も頑張らなあかんし、出口も頑張らなあかん。結構気を遣うんですよ。で、直線でもシフトアップひとつミスしたらコンマ1くらい簡単に失うから。バンプがヤバいのは4コーナーに行くまで(クルバグランデ)ですよ、死にますよ!それに、ラインによってここはボトミングしてクルマが揺れるからここでシフトアップできないから、このラインは通っちゃいけないとかあるんですよ、無茶苦茶ですよ。そんなん分かんないですもん」

 可夢偉はどちらかと言えば、理論派というよりも感覚派のドライバーだ。現実主義者ではあるが、理屈よりも己の感覚と直感で理論を超える走りをするようなところがある。スパで予選2位を獲得したあの走りが、まさにそうだった。

 だがこのモンツァではそれが通用しづらいのだという。

「僕みたいな性格の人って、難しいんですよ。『まぁええやろ』ってバンっていくと、『あ〜あ』みたいな(笑)。1周だけここはブレーキをアホみたいに我慢して行ったれ、ってやったらタイヤをダメにしちゃったり。スパなんかはダウンフォースが効いてるから、逆にドッカ〜ンって行けるから。ここはダウンフォースがないから、1周をまとめるのって意外と難しいんです」

 そんな”鬼門”モンツァのレースに向けて、可夢偉は「スパの後でどうモチベーションに繋げるかがなかなか難しかった(苦笑)」と冗談めかして言った。

 しかし、それでもなお8番グリッドをもぎ取る力を証明してみせた。

 予選の後はF1での初年度をともに過ごし、多くを学ばせてもらったペドロ・デ・ラ・ロサの100戦記念イベントに参加。この手のイベントごとが好きではない可夢偉にしては珍しいことだ。

 その帰りすがら、ペーター・ザウバー代表が可夢偉の肩に手を回して、ゆっくりと2人並んで歩いて行く。ペーターは三周り以上も年の離れた可夢偉に何やら蕩々と語りかけ、可夢偉はそれに黙ってうなずく。

 日の傾き始めたモンツァのパドックで、彼らはどんな会話を交わしていたのだろうか。

 

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 日曜はこの週末一番の暑さになった。

 とてつもなく強い太陽の光が、どこまでも続いていきそうなモンツァのアスファルトを灼く。8番グリッドに就いた可夢偉の目には、遥か遠くに見える1コーナーは陽炎の中で揺らめいて、今にも消え入りそうなほどだ。

 5つのレッドシグナルが消え、スタート。

 今回は悪くない。可夢偉は8番手のポジションを守りながら、走行を続けていく。

 だが、すでに予選で4周を走っている可夢偉のミディアムタイヤは、思いのほか早くその速さを失いつつあった。後方からは新品のハードタイヤでスタートしたチームメイトのセルジオ・ペレスが迫ってくる。

 彼がギャンブル性の高い戦略を採っていることは、可夢偉も知っている。そして、現時点でタイヤの状態に優れる彼の方が、速いペースで走ることができるということも。

 まずはチームの利益を最優先に考えて彼を先に行かせ、自身は後方のポール・ディ・レスタとのバトルに専念する。やがてその相手はマーク・ウェバーのレッドブルに代わり、タイヤが終わりかけた可夢偉は17周目にあっさりとオーバーテイクを許してしまった。

 だが、1ストップ作戦を遂行するためには少なくとも20周は耐えねばならない。2ストップへと変更を余儀なくされた時点で、ポジションの後退は避けられなくなる。

「まぁ、キツかったですね。あそこ(第1スティント終盤)が1ストップか2ストップかの境目やったから粘らなないといけなかったんですけど、全体的にペースが足りなかったですね。あれがギリギリでした。思ったよりもタイヤが減るのが速くて、僕自身もいっぱいいっぱいやったんで」

 上位勢がピットストップを終えた時点で、タイヤ未交換のペレスがトップに立った。一方の可夢偉は、ディ・レスタの先行を許してしまった。

「難しいですね、どっちがいいでしょうね……。ユーズドタイヤでスタートするのと、新品タイヤでスタートするのと、その差は大きいですからね。でも予選でしっかり前に行って良いポジションで走るっていうのも大事やし。本当にそれは難しいところですね……」

 29周目に最初で最後のピットストップを済ませたペレスは、メルセデスAMG勢をかわして8番手に留まった。そして新品のミディアムタイヤの速さを生かして、ファステストラップを連発しながら前のキミ・ライコネンをコース上で料理し、さらにはフェラーリのフェリペ・マッサ、そしてフェルナンド・アロンソまでをもパスしてしまう。マクラーレンの1台がトラブルで戦列を去り、終わってみれば2位表彰台。

 マシン性能では負けていても、タイヤ状態の良さがその差を補って余りあった。ハードのライバルたちに比べ、自身は柔らかいミディアム。その上、まだ周回数が少ない。第1スティントを29周目まで引っ張り抜いたペレスは、ギャンブルに勝ったのだ。

 一方、8番グリッドの可夢偉には、ギャンブルを選ぶ権利すらなかった。

 それどころか、4周をフルアタックで走ったタイヤでスタートすることしかできなかった。その大前提からは、どんどんとペースを落としポジションを落としていくレース以外に術は見当たらなかった。

「やってる内容、スタートしたタイヤ、全て考えると、別に悪いことしたわけじゃないんですけど、チームメイトがあんなにいい仕事をしたおかげでどうしても僕が悪く見えるっていう、そういう結果ですね(苦笑)。今回あれだけ速かったフェラーリとは予選ではひどい時には0.6秒以上あったのに、58周終わってみて20秒差くらいだったんで、(レースペースとしては)本当に悪くもなかったと思うし。予選で僕らより全然速かったフォースインディアも、レースでは僕らより3秒先やったし」

 クルマを降りた可夢偉は、チームメイトの3度目の表彰台獲得の事実を知っても、サバサバしていた。

 自分は自分にやれるだけのことをやった。そのことに、恥じることは何もない。

 全く別のレースを戦ったチームメイトの活躍に、焦る必要もない。

「いやぁ、チームとしてはすごく良い結果やし、彼がすごく良い仕事をしたんでこれは見事というしかないんですけど、ただ、なんか僕があんまり良い仕事してないような感じに思われてちょっと腹が立つというか(苦笑)。僕は別に何か悪いことをしたわけじゃないんですけど、そんな感じになってるから、人生ってこんなもんなんだなぁとつくづく痛感してます(苦笑)」

 空にはまだ、底抜けに強い太陽がギラギラと輝いていた。

 この熱さがなければ、状況は真逆になっていたかもしれない。だがそれも運、巡り合わせでしかない。

「まぁ、”噛み合い”ですよね。でもこれは地道にやっていくしかないですよ」

 可夢偉は達観したように言った。

 運・不運を嘆いても仕方がない。嘆きは何ものをも前に進ませはしない。

 前に進むためには、後ろではなく前を見定めるのみ。

 可夢偉はそれを知っている。

 だから可夢偉は、モンツァの太陽に嘆きを返したりはしなかった。

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(text by Mineoki YONEYA / photo by Wri2, Sauber)

 

2012年9月12日発行

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