【アプレゲールですいません。】新井さんの「凄いですよ」発言の意味
ホンダの新井さんが「後半戦は凄いですよ」と言ったことを、スポルティーバさんの原稿に書いたんですが、「まだ言うか!」みたいな感じでネガティブな反響が大きかったようで、ちょっと悲しい思いをしているよねやんです。
『F1LIFE』をご覧になっている方なら分かるかもしれませんが、この言葉っていうのは囲み取材の時におっしゃったものではないんです。カナダGPの週末にモントリオールのパドックで立ち話をして立ち去り際に、新井さんがポロッとおっしゃった言葉だったんです。あれだけ予想外のトラブルが出てボロボロだったあの週末に出た、よそ行きの言葉じゃなくて、素の言葉。だからこそ僕は、そこに凄くリアリティを感じたんですね。
世の中には「また大口叩きやがって」とか「いつまでも楽観的なことばっかり言いやがって」と批判される方もいらっしゃるでしょう。
でも、実は冬のテストが始まって厳しい状況が明らかになって以降、新井さんが優勝とか表彰台なんていう具体的な目標を口にしたことってなかったんです。少なくとも僕が覚えている限りはありません。
目標は?と聞かれて、新井さんは決まって「メルセデスAMGと戦うこと、彼らを打ち負かすことを目指して臨んでいる」とおっしゃっていました。これ、当たり前のことですよね。勝とうという気持ちもなしにF1に参戦する人なんていません。目標は勝つこと、それは当たり前です。
ただ誤解して欲しくないのは、目標=予想ではないことです。新井さんが語ったこういう言葉が、いつの間にか「メルセデスAMGを打ち負かせる」と変換されて一人歩きするようになってきました。少し前にも、「イギリスGPでは表彰台を」と語ったと報じられていましたが、英語で書かれた原文のコメントを見てもそんなことはどこにも書かれていないんですね。「表彰台を争えるところまでは行きたいし、シーズン中盤までには」というのが元の意味なのに、「表彰台を争える」が「表彰台を獲る」になり、「シーズン中盤」が「イギリスGP」になって一人歩きしていました(新井さんのいう中盤戦とは、折り返し地点のベルギーGPのことだと思います。そこにトークン開発を投入する計画のようですから)。
普段、日本語で新井さんと喋っている僕らレギュラー取材陣なら、新井さんがそんなこと言うはずないのは当然のごとく分かっています。目標なんて聞いても「また大口叩いているって言われるから」と言って絶対に具体的なことなんて言わないし、それって実際のところすぐに挽回するのが現実的でないことがよく分かっているからだと思うんですね。
じゃあどうしてそういう言葉の一人歩きが起きてしまうかというと、英語の記事を翻訳して掲載するニュースサイトがあって、取材もしていなくて実際の現場の肌感覚を知らない彼らが拡大解釈を含めた日本語翻訳をしてしまったり、大袈裟な見出しを付けてしまうからです。皆さんがネット上で目にする記事の90%はそういう構造になっていると思って頂いてよいかと思います。
そりゃあ、この状況で「表彰台を獲る」なんて言ってたら、僕だって「バカじゃないか」と思いますよ。でも、実際にはそんなこと言ってないわけです。むしろ、世間からの批判に晒されて不憫だなと思います。
新井さんとしては、日夜開発に努力しているスタッフや現場の運営に携わっているホンダの全スタッフを背に束ねる立場ですから、「勝てないと思う」とか「ポイント獲得も難しいでしょう」なんて弱気なことを言うわけにはいかないというツラさもあります。「スタッフたちが頑張っているのに、責任者たる自分が前向きなこと言わないでどうする」という気概で、メディアやファンからの批判の矢面に立つ覚悟で前向きな発言を貫いてきているわけです。本当にツラいと思います。
はっきり言って、パワーユニットにこれといった大きな改良が加えられない前半戦の残り2戦は、厳しいレースになると思います。でも、トークンを使った開発を投入すれば、現状のパワーユニットが抱えている問題をクリアできるはず。そうすれば性能は向上し、新井さんが「凄いですよ」というパフォーマンスが実現できるかもしれない。なにも、根拠なくただ楽観的に言っているわけではないんです。
ファンの方には、表面的な字面だけで捉えるのではなく、そういう背景もきちんと理解した上で受け取って頂きたいなと思います。そしてホンダさんには、今までの批判に対してぜひとも結果で反論をしてもらいたいと思います。僕はそんな瞬間がくるのを心待ちにしています。
(text and photo by 米家 峰起)
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