REPORT【報道】

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 水曜の朝、可夢偉はバーレーン国際空港に降り立った。

 ともすれば日本の地方空港よりも小さく、華やかなブランドショップも並んでいない簡素なこの空の玄関口が、この国の有り様を物語っていた。

 ペルシャ湾に浮かぶ、東京都の3分の一にも満たない小さな島。

 その島は一昨年来、民主化運動の波に揺れている。昨年はグランプリ自体がキャンセルとなり、今年もつい1週間前まで、その開催に疑問符が付けられていた。FIAが公式的に声明を発表したのは、中国GPの週末に至ってからのことだった。

「一度日本に帰ってから来ましたよ。バーレーンやるとは想像もしてなかったから、(上海行きと)つなげてなんていうチケットの買い方してなかったんで。僕ら、それまで全く気にもしてなくて、中国に行ってから初めてチケット買いましたもん(笑)」

 政治的な要素が加わるのを怖れてコメントを差し控えるドライバーが少なくない中で、可夢偉は可夢偉らしく、そう言って笑った。

 フォースインディアのスタッフの乗った移動車が火炎瓶騒動に巻き込まれかけたが、可夢偉はそんなことは意に介さない様子だった。

「全く気にしてないし、逆に周りの人たちの方が気にしてるんじゃないかっていうね。気にするから余計に気になるんじゃないかっていうね。昨日フォースインディアがどうとか聞かれて、僕は『何それ?』っていう状態やから(笑)」

 可夢偉にとって大切なのは、そんなサーキットの外の出来事ではなかった。

 レースがしたい−−。

 上海のレースを不本意な形で、しかししっかりとした手応えを掴んで終えた後、可夢偉は「バーレーンに行きたい」と話していた。それは本心からの言葉だった。

「もしこのレースがなくなってたら休みが長くなってたけど、休みを取るかレースを取るかって言われたら、今の成績ではレースを取った方がいいから、あって良かったかなって(笑)。ここまで絶好調でもう充分かなっていう感じなら休みでも良かったけど、速いけどポイント獲れてません状態やから(笑)、バルセロナに行く前にここでなんとかね。速いのに獲れてないんですもん、ポイント」

 それはつまり、可夢偉の得ている手応えというものが、9位や10位で終わるようなポテンシャルではないということだ。

 本来ならばもっと大量のポイントが獲れるはずのマシン。その実力を、全て発揮して証明したい。

 開幕序盤のフライアウェイ戦の最後となるこのバーレーンGPの開催は、可夢偉にとって歓迎すべきことだった。

 

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 観客の姿も疎(まば)らながらんとしたグランドスタンドの前で、バーレーンGPの週末は始まった。

 気温は31度とこの地にしてはさほど暑くなく、このグランプリの置かれた情勢に太陽も遠慮してか、路面温度も40度ほどにしか上がらない。これまでのような灼熱のバーレーンとは異なる様相を呈していた。

 砂漠の真ん中に忽然と姿を現わすこのサーキットが、余計に寂しく見える。

 マシンが通り過ぎる度に砂埃が立ちこめ、その一方では走行が進むにつれて路面にはタイヤからちぎれ飛んだマーブルが降り積もっていく。

 フォースインディアが日没までにサーキットを後にするために午後のセッション参加を取りやめる中、可夢偉は7番手のタイムを記録した。

 前週に続き今週もザウバーの躍進が見られるかと周囲は期待したが、内情は違っていた。

 確かに一発のタイムは出る。しかしこのままでは肝心のレースでタイヤが保たない。上海の二の舞はどうしても避けなければならなかった。

「ロングが遅い! 原因はまだ見えてません。あんまりポジションは見ないで、タイヤのタレだけ直さないと。正直、今回はQ3に行かなくても良いから、しっかりレースでタイヤが保つようにすれば良いんじゃないかという気持ちで来てるから。あんまり一発のタイムは見ずに、重い時のタイヤの保ちを見てるんですけどね」

 上位勢は確かにクリーンエアでレースをするために上位グリッドが欲しい。しかし大混戦の中団チームにとっては、昨年のレースがそうであったように、予選で速さを見せるよりも決勝の安定感の方がポイントに繋がる。ザウバーが得意としてきたはずのパターンを、今年はウイリアムズが上手く結果に結び付けている。

「ウイリアムズみたいな、予選は遅いけどレースになったらそこそこ走っちゃうっていうのは腹が立つじゃないですか(苦笑)。とりあえずロングランが保つようにしたら、結構ポイントが獲れるんじゃないかなと思うんですけどね」

 そう言った可夢偉は、自分のマシンを担当するエンジニアを全員集めて個別のミーティングを行ない、話し合いの結果、土曜日に向けてセッティングの変更に打って出た。しかしその「ロングランもできるようなセッティング」は、土曜午前のFP-3で全くと言って良いほど効果を示してはくれなかった。

「それで、予選までに昨日に似たセッティングに戻したんですけど、あまり気持ち良く走れる状態じゃなかったんです。完全に同じじゃなくて、タイヤを保たせるための要素を盛り込んでますからね。ホントに、こんなにマシンバランスが悪い状態で予選を走るのは久しぶりやなっていうくらいでした」

 苦しみながらQ1を戦い終えた可夢偉の脳裏に、ある考えが浮かんだ。

 マシンバランスが悪いなら、デフの調整でなんとかすればいい。コーナーごとに、デフを合わせ込んでマシンバランスを変えれば良いんじゃないか?

 F1のスピードで次々とやってくるコーナーの連続に対して、それを実際に行動に移す者は少ない。しかし可夢偉はQ2でそれをやってのけ、実際に状況を打開して見せた。

「それが意外と良くなるなぁっていう感じで。走りながらステアリングにあるノブを操作するんです。エントリー(コーナーの入口)とミッド(コーナーの中)があるんで、次のコーナーまでにその2つをカチカチっと操作して。自分の感覚で、こっちを8、こっちを6にして、みたいな感じで。DRSもKERSもあるから、ホントに大変ですよ! コーナーとコーナーの間にはそんなに時間もないからね。1秒、2秒の間にガガガッって、そんなん無理やわ(苦笑)」

 自嘲的にそう言いながらも、可夢偉は1回目のアタックを終えた時点で7番手に付けていた。デフ操作の効果は、間違いなくあったのだ。それも、決して少なくない効果が。

 だが可夢偉自身が言った通り、それは決して簡単な操作ではない。

 自己ベストを更新しながら走っていた2回目のアタックで、綻びが出てしまった。

「ターン11でデフを調整し忘れました。したつもりでコーナーに入っていったら、途中で気付いて『あ、これヤバい!』って思って、ブレーキをもうちょっと踏んでなんとかしようとしたんですけど、そんなレベルじゃないどアンダーで、曲がりきれずに(ブレーキングで)止めるしかなかったんで、コンマ3くらいロスして終わっちゃいました。やっぱり、慣れないことをしたらあかんな、と(苦笑)」

 1回目のタイムを更新できず、結果は予選12位。

 しかし可夢偉はサッパリとした表情をしていた。

「Q3に入っても(アタックは)やめといて明日新品タイヤでスタートしようという感じだったんで、かすかにそこまで行けなかったっていうだけですから、そんなにひどくはないですね」

 そしてその背景には、他の誰にもできない方法を編み出し実行し、実際に効果を得たという自信と満足があった。

「コーナーごとにやるっていうのは普通はないですからね。結構、大変やったよ(笑)。でもまぁ明日もしょうがないですね、やるしかないっしょ(笑)」

 可夢偉は、力強くそう答えた。

 

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 グランプリ開催を強行する主催者側、つまりはこの国を統べる王政サイド。

 その王政に抵抗し、利己的な政治の最たるものとしてグランプリ開催に反対する民衆。

 国内の何カ所かではその反対運動が激化し、ついにはグランプリ関係者の目にとまる場所で火の手が上がるなどの場面も見られるようになった。

 サーキットを取り囲む警備はこれまでになく物々しさを増し、パドック内に留まらず欧州や日本でもその是非を問う声が高まってきていた。

 そんな中で迎えた決勝に、バーレーンの空が泣いたのだろうか。

 正午を迎える頃から空には雲が広がり、風も強さを増してくる。

 そして24台のマシンがグリッドに並び始めたその時、ついに雨粒がこの砂にまみれた路面に落ちてきた。路面温度は気温とさほど変わらない32度まで下がっていく。

 そのせいか、ザウバーのスタートセッティングは、大きく外れていた。分析によって導き出されたクラッチマップとエンジン回転数は、冷えた路面に理想的な発進加速を生み出してはくれなかった。

「セッティングの間違いでダメでしたね。(ヘイキ・)コバライネンにまでいかれましたからね」

 苦しい形でレースが始まり、可夢偉は13番手を走りながらも、可夢偉は前日と同じようにコクピットの中でデフのノブと格闘を続けていた。

 それと同時に、タイヤに気を配りながら。

 上海での惨敗を教訓に、今回は2回ストップ作戦を採る賭けに出た。グリッド上でプライムのミディアムタイヤを履いていたのは、可夢偉ただ一人だけだった。

「まぁ、今日はリスクを負わないとポイントは獲れへんやろなっていうのは分かってたんで。だからリスクを背負ったけど、やっぱり2ストップは無理でしたね……。

 とにかく遅かっただけです。戦略が上手くいくもなにも、ロングランのペースが遅くてどうしようもなかったです。意外にタイヤが保たなくて、単純に速さがなかっただけですね。遅いものはどうしようもないから!」

 スティントの後半に上位に顔は見せるものの、ピットインの度に大きくポジションを落とすという展開の繰り返し。結局、2回目のピットストップを終えた時点で、入賞の望みはほぼ絶たれていた。

 それでも実は、可夢偉は諦めることなく足掻きを見せていた。

 50周目に、もう不要なはずのピットストップ。それが可夢偉の最後の足掻きだった。

「もしあそこでセーフティカーが入ったら、僕、すごいことになってましたからね。鬼(のような有利な展開)ですよ。あの時点で僕のレースが終わってるなっていうのは分かってたし、あそこまで落ちてるからもう失うものはなかったから、あれが正解なんですよ」

 その賭けは成立せず、可夢偉は失意のままレースを終えた。

 結局、何事も起こらずにバーレーンGPそのものがチェッカーの振られる瞬間を迎えたように、可夢偉のレースにも何も起きはしなかった。

 しかしマシンに対する自信が揺らいだわけではない。バーレーンではこの暑さが不利に働いた側面も極めて大きかった。フェラーリのカスタマーエンジンは、熱対策として中域トルクの乏しいマッピングに換えられてしまうからだ。

「まぁ、ここでは遅かったけど、暑いしストップ&ゴーばっかりで特殊なサーキットやし、他のサーキットに行けばまた良くなると思うから、落ち着いていけばいいと思います」

 いよいよフライアウェイ戦が終わり、ヨーロッパラウンドへと移る。

 それに先立って行なわれるムジェロでのテストには、各チームが続々と大型アップデートを投入してくる。来年用の新車の開発も並行して進むここからの季節は、チーム力の戦いにもなる。それに関してはやや不安の残るザウバーだが、可夢偉は自らを奮い立たせるように言った。

「開けてみないとわかりませんよ、開けてみましょ!」

 そこから何が飛び出すか、それは誰にも分からない。分かるのは、自分たちの持てる術と力だけ。

 この国が着実に変わろうとしているのと同じように、F1の季節もやがて巡っていく。

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(text by Mineoki YONEYA / photo by Wri2, Sauber)

 

2012年4月26日発行

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