【特別レポート】ロン・デニス失脚、吉と出るか凶と出るかは技術陣の統率にかかっている?
11月15日、ロン・デニスが『マクラーレン・テクノロジー・グループ』の会長兼CEOから解任された。これがマクラーレン・ホンダにどのような影響を及ぼすのだろうか?
まず状況を整理しておくと、マクラーレンにはF1チームやGT活動を担う『マクラーレン・レーシング』、市販車を開発・製造・販売する『マクラーレン・オートモーティブ』、高度な技術サービス企業でありF1の共用パーツ供給なども行なっている『マクラーレン・アプライド・テクノロジーズ』の3つの企業があり、これらを統括するのが『マクラーレン・テクノロジー・グループ』だ。
ロン・デニスはこの『マクラーレン・テクノロジー・グループ』の会長兼CEOで、25%の株式を保有し、『マクラーレン・テクノロジー・グループ』と『マクラーレン・オートモーティブ』の役員でもある。つまり、F1チームとの直接的な関係はなく、親会社の会長兼CEOという立場でしかなかった。
今年9月にチームに加入したヨースト・カピートは、F1チームの母体である『マクラーレン・レーシング』のCEOだ。マクラーレン・ホンダF1チームのレーシングディレクターであるエリック・ブリエも、『マクラーレン・レーシング』の一スタッフでありカピートの部下という位置づけになる。
ちなみに、デニスと同じく度々F1の現場に顔を見せるジョナサン・ニールは、『マクラーレン・テクノロジー・グループ』のCOO(最高執行責任者)であり、こちらもF1チームとの直接的な関係はない。この中でF1の現場ではブリエだけがチームシャツを身に着け、それ以外の面々は私服のスーツ姿だが、これはブリエ以外の面々が「F1チームの人間ではなく企業としてのマクラーレン・テクノロジー・グループやマクラーレン・レーシングの経営陣であるため」だ。
なお、デニスの悲願であり彼の肝煎りで推進してきた市販スポーツカー部門の『マクラーレン・オートモーティブ』は、業績が振るわずグループ内でもお荷物状態になっていた。9月頃にはアップルが自動車産業への進出のために買収交渉を進めているのではないかという報道が流れたが、これはマクラーレン側からの意図的なリークによるものだったようで、実際にはシンガポールの投資ファンドへの売却交渉が進み、『マクラーレン・オートモーティブ』の開発部門と生産工場もシンガポールに移されるという話が漏れ伝わって来ている。
今回の解任騒動はそもそも、今年限りでCEO契約を更新しないことを通達されたロン・デニスが、中国のファンドからの支援を元に自分でMBO(経営陣買収)を仕掛けたことに対する対抗報復措置だが、マクラーレン・オートモーティブを巡る一連の買収交渉と無縁ではないだろう。
では、親会社の会長兼CEOであるロン・デニスが解任されたことで、F1チーム『マクラーレン・レーシング』にはどんな影響が出るのだろうか?
『マクラーレン・テクノロジー・グループ』のデニスの後任はまだ検討中だというが、株式の50%を保有するバーレーン王室のマムタラカト社と、25%を保有するTAG総帥マンスール・オジェ、そして依然として25%の株式は保持するロン・デニスによって決定されることになるが、実質的には連立2/3を締めるマムタラカトとオジェが決めることとなる。
いずれにしても、F1チームと直接的な関係が生じるわけではなく、デニスの後任によってF1チームが直接的に左右されることはなさそうだ。
それよりも心配なのは、これまでロン・デニスが発揮してきたマクラーレン・ホンダF1チームへの影響力が消滅することだ。ある上級エンジニアは言う。
「技術的なことに対する理解度の低いロンが強い発言力を持っていることで、技術陣と首脳陣の言い分の衝突があった。しかしチーム内にはロンが言ったことには反論できない雰囲気があったし、彼の脅威に対してチーム全体が萎縮していた。そういう意味では、老害とでも言うべき彼の悪影響からは解放されるかもしれない」
「しかし技術屋が自由にやれる状況になったとしたら、それはそれで心配な面もある。例えば、目指すゴールが決まっていたとしても、そこに辿り着くための方法論や道筋は技術者によって異なる。ゴールに到達するまでの時間の速い遅いはあったとしても、ゴールに辿り着けるならそのどちらも正解だということになる。つまり、チームが進むべき方向性をハッキリと指し示し技術者を統率する人間がいなくなれば、チームがバラバラになってしまう可能性もある」
昔気質のロン・デニスの言い分は、時として現在の現実から大きく乖離したかたちでチームを揺るがすことも少なくなかった。
しかし現時点のマクラーレン・ホンダには、技術面で圧倒的な統率力を発揮する人間がいないのが大きな弱点となっている。
他チームでのエンジニア経験を買われてマクラーレン入りしたアンドレア・ステラ(元フェラーリ)にしてもシャルロン・ピルビーム(元レッドブル)にしても、レース現場でチームを統率するまでの力は発揮できていないのが実状だ。一方、車体開発面でもエンジニアリングディレクターのマット・モリス(元ザウバー)やチーフエンジニアのピーター・プロドロモウ(元レッドブル)などがここ数年で加わっているが、いずれも強大な統率力でチームを牽引しているとは言えない。
ロン・デニスが姿を消すことで、これまで萎縮していたエンジニアリング面のスタッフたちが個性と統率力を発揮できるようになるか。デニスの失脚が吉と出るか凶と出るか、先行きはまだ不透明だ。
(text by 米家 峰起 / photo by McLaren)
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