REGULAR【連載】

20140411-01

 

 今年F1はエコだのなんだの言って小排気量エンジン&エネルギー回生の新しいレギュレーションを導入したわけですが、僕個人としては、F1はどんなことを言おうと“無駄なもの”であることに変わりはないと思っています。

 

 新しい技術開発のために必要だとか、高効率はエコだとかいろいろ言う人もいますが、それはF1にお金を投じる企業の言い訳であって、結局はやりたいからやるというだけなのだと思います。極論すれば、技術開発はF1じゃなくてもできるし、いくら効率が良くても別に作る必要のないクルマを作り、走る必要のない距離を走ってるのでは、結局それは“無駄”なわけですから。

 

 でも、F1を否定するつもりはありません。

 

 人間には“無駄なもの”も必要だと思うからです。

 

 例えば、人間は音楽がなくても生きていけるけど、この世に音楽がないと我々の暮らしはとても寂しいものになってしまうでしょう。“無駄なもの”というと言いすぎかもしれませんが、生きる上で絶対に必要ではないものでも、我々の身の回りで人生を豊かにしてくれるものなわけです。

 

 ギアだって1ミリも隙間なくギシギシに噛み合うと、回りません。歯車を回すには、バックラッシュといわれる隙間、いわゆる“遊び”が必要なんです。人生もそれと同じだと思います。

 

 ただ隙間を空けるだけでも良いけど、そこに質の高い潤滑油を注げば、歯車はもっとスムーズに回るはずです。

 

 人によってその“遊び”や“潤滑油”はそれぞれ。音楽だという人もいればF1という人もいても良いじゃありませんか。F1はきっと世界中の万人に受け入れられるものではありませんが、愛する人々にとっては人生を豊かにしてくれる“無駄なもの”なんです。

 

 ただ、バーレーンGPの会場内外に敷かれていた警戒態勢を見ると、F1に反対している人たちの精力がいまだに根強く驚異として残っていることも感じられましたし、その当事者たちにとっては“無駄なもの”を欲するよりも以前に必要なものがあるんだと思います。

 

 反政府運動でバーレーンGPが中止になったのが2011年。街はすっかり平静を取り戻していますが、当事者たちにとっては何も変わっていないのではないでしょうか。

 

 同じ年に大震災に見舞われた日本だって、同じです。被災された方々はもちろん、直接被災していなくとも日本国民全員が同じようにあの震災から何かを背負って生きてきたはず。果たして今の日本は、歯車をきちんと回せているのでしょうか。それとも、回さなくてもいいはずの歯車を回していたりしないでしょうか?

 

 そう考えると、ちょっと複雑な思いにとらわれたバーレーンGPでした。

 

(text and photo by 米家 峰起)

 

 

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