【シンガポールGP】ロズベルグの予選アタック、全ボタン操作解説
シンガポールGP予選でポールポジションを獲得したニコ・ロズベルグのアタックラップでは、アタックしながらステアリング上のボタンを忙しく操作しています。それを見れば、メルセデスAMGとロズベルグがマリーナベイ市街地サーキットに対してどのようにマシン作りとドライビング作りをしていったのかが分かります。
F1公式サイトで配信されているオンボード映像とともに、その操作を解説していきましょう。
ロズベルグが多用するのはBMIG
まず最初に、ロズベルグのステアリングを見ておきましょう。様々なボタンが装備されていますが、基本はパワーユニット関連と、デフ、ブレーキバランスが中心です。デフはレース中のタイヤ状況の変化に合わせてマシン挙動を調整するために使用するため、グリップ周辺のサムホイールに割り当てられていますが、予選ではこれらは使用しません。
予選アタック中に使用しているのは主にブレーキバランス(上部左右の赤ボタン)と、BMIG(左親指部の緑色サムホイール)です。
BMIGとはブレーキ・マイグレーションの略で、ブレーキング中にブレーキバランスをどう変化させるかというセッティング。ブレーキバイワイヤ(BBW)が導入されてリアブレーキが電子制御化されたことで、このように前後ブレーキバランス配分を緻密に変化させることが可能になったのです。
例えば、最初にブレーキを踏み込んだ瞬間(初期フェーズ)は、ブレーキバランスのセッティング通り58:42で、ブレーキペダルを戻していく時(中間フェーズ)には54:46、ブレーキを離す寸前(最終フェーズ)には50:50まで弱めてリアがロックしないようにするといったもの。こうしたセッティングを12種類まで登録しておくことができ、ハードブレーキングのコーナーやブレーキを残しながらターンインしていくコーナーなど、各コーナーのブレーキング特性によってブレーキバランスの変化量(BMIG)を使い分けるのです。
一般的にBBWのセッティングというのはこのことを指していて、メルセデスAMGはパワーユニットの開発元だけに、このセッティングを非常に緻密に使いこなしているようです。
【0:05】T1〜3:特殊な複合コーナーにブレーキバランスで対応
アタックに入る前のウォームアップラップで、ロズベルグはパワーユニットのセッティングである「STRAT(ストラット)」を全開アタックモードの「2」にしています。ブレーキバランスはターン1〜3のデリケートなブレーキングに向けて56.0に設定されているようです。
しかしこのターン1でブレーキングし左にターンインし、ターン2で僅かに右にステアしながらブレーキングしてターン3へと左にステアするという繊細なブレーキングが必要とされる箇所だけは特別で、56.0というブレーキバランスのセッティングはここだけで解除される仕組みになっていて、ターン3の立ち上がりでは自動的にブレーキバランスが58.5に戻っています。
ターン23を立ち上がったところで右上のDRSボタンでDRSをオンにし、ターン1へのブレーキング直前にもう一度ボタンを押して手動でDRSをオフ。ブレーキングすればDRSは自動的にオフになりますが、リアウイングのフラップが閉じてからダウンフォースが発生するまでには僅かなタイムラグが生じるため、一瞬だけ先に閉じておいた方がブレーキング時のリアが安定するのです。
【0:15】T3出口:ターン5へBBとBMIGを調整
ターン3を立ち上がったところで、次のターン5に向けたセッティング変更を行ないます。ここからは90度ターンが連続するため、それに合わせたセッティングです。
まず右上の赤ボタンでブレーキバランスを58.0に。そして左手親指でBMIGを3に変更します。これが90度ターンに合わせたBMIGのセッティングのようです。逆にターン1では異なるBMIGセッティングを使っていたことが分かります。
ロズベルグはこのBMIGを多用していて、同じ市街地サーキットのバクーではセクター1〜2でほぼコーナーごとにBMIGをいじってブレーキのセッティングを各コーナーに合わせ込むような使い方をしていました。外からでは見えませんが、こうしたブレーキングの緻密な合わせ込みの結果が予選での驚異的なラップタイムに繋がっているのです。
【0:21】T5出口:バックストレートでブレーキングへ準備
ターン5を立ち上がってバックストレートに入ると、まずDRSをオンしてから、次のターン7に向けたセッティング変更です。
BMIGはそのままでブレーキバランスのボタンを操作して59.5、次に左手親指の上にある「FINE」という水色のサムホイールで58.5に修正していきます。FINEはその名の通り、ブレーキバランスを微調整するために使っているようです。
ターン7の手前では、やはりDRSを手動でオフにしてからブレーキングします。
【0:45】T10手前:ロズベルグに一瞬のためらい?
セクター2に入ってからはブレーキバランス58.5、BMIG3のセッティングで走ってきましたが、ターン10の手前で左手で何かボタンを操作する仕草を見せるロズベルグ。結局何もいじってはいませんが、ブレーキバランスかBMIGか、少し気になることがあったのでしょうか?
【0:54】T12:ヘアピンのブレーキングにBMIGで瞬時対応
続くターン12で左手を動かし、BMIGを5に変更します。これはアンダーソンブリッジを抜けて右に回りながらブレーキングして左へターンインするヘアピンのターン13に向けた変更です。
ここではロズベルグは左手親指のBMIGサムホイールをいじっていませんが、どうやらステアリング裏の左右グリップ最上部にあるボタンにもBMIGの調整機能を割り当てているらしく、これを押してBMIGを3から5に変更しているようです。
このように、次のコーナーまでの間隔が短くて、どうしてもコーナリング中などにセッティング変更をしなければならない場面もあります。しかし、いくらサムホイールとはいえ、右にステアリングを切って右手でシフトアップしていきながら左手で操作するのは至難の業。ましてや、マシンは150km/h近いスピードでコンクリートに囲まれた狭いコーナーを攻めているのです。
こういう場合に備えて、ステアリング裏のボタンにも様々な機能を割り振ることができるようになっていて、シンガポールGP予選の場合はBMIGの調整機能を割り当てていたというわけです。
【1:05】T13出口:ハードブレーキングにBB60.0
ターン13を立ち上がって長いストレートに出ると、ストレートエンドのターン14に向けたセッティング変更。まっすぐに飛び込むハードブレーキングに備えて、ブレーキバランスを60.0までフロント寄りに上げます。
さらにターン13用に変更したBMIGも元の3に戻します。セクター2同様、セクター3も90度ターンが連続するためです。
【1:14】T14出口:セクター3へのBB調整
ターン14をクリアすると、左手でFINEサムホイールを操作してブレーキバランスを60.0から59.5に微調整します。
低速コーナーではもう少しリア寄りでも良いような気もしますが、ここから先は完全に90度ターンばかりでヨーを残しながらのブレーキングがほとんどないことに加えて、ここまでのアタックでリアタイヤとリアブレーキの温度が上がってオーバーヒート気味になってきていることも考えて、敢えてブレーキはフロント寄りで使ってリアをいたわりリアの過熱を抑える狙いもあるものと推測されます。2015年の失速は特にリアのオーバーヒートとセクター3の遅さに原因がありましたから。
【1:34】T20出口:ディプロイメントが切れている?
ターン20を立ち上がるところで、ステアリングのダッシュボード(液晶モニター)には白い表示が出ています。これはおそらくDe-rate、つまりERSからのディプロイメントが切れた状態になっていることを表わすものです。
シンガポールのマリーナベイ市街地サーキットは全長が5.065kmと一般的な長さであるものの、ハードブレーキングが少ないためMGU-Kからのハーベストはそれほど期待できません(予選ではウォームアップラップに充分にハーベストしてESをフル充電しておきますが)。さらに全開率も40〜45%程度と低いため、MGU-Hからのハーベストも難しい状況です。
1周全体でディプロイメントを効かせるのが厳しいとなれば、ESからの回生は長いストレート区間で使う方がラップタイム的には有効で、メルセデスAMGは少なくとも予選ではターン20までの区間でディプロイメントを使いきる方向にセットアップしてきたようです。
【1:43】T23出口:アタック終了とともにストラット変更
ターン23で再びDRSをオンにして、コントロールラインを通過してアタック終了。すぐにストラットをチャージモードの1に戻してパワーユニットをセーブし、ピットへと戻ります。
これでロズベルグのタイムアタックは終了。ラップ全体を通してみれば、ターン1〜3、5、7、14の4箇所で異なるブレーキバランスを使い、BMIGはターン1〜3とターン13で異なるセッティングを使っています。
オンボード映像を見ると非常に忙しく複雑なボタン操作をしているように見えますが、実際には各コーナー(セクター)の特性を考えれば自然なボタン操作なのです。もちろん、それは「このセッティングにすればマシン特性がこう変わる」ということが頭に入っているというよりも身に染みついているからこそできることなのですが。
(text and photo by 米家 峰起)
「FINE」というサムホイールはブレーキバランスを「59.5から58.5」、「60.0から59.5」など「1.0」や「0.5」程度の微量の値での増減を行うものだと認識しました。
それでは、ブレーキバランスのボタンを一度押すといきなり「2.0」や「3.0」くらいの大きな値での増減になるということですか?
基本的なセッティングは、通常のブレーキバランスのボタンは1単位の操作ですね。+2したいときは右側のボタンを2回押しています。FINEは0.5刻みだと思います。ニコの場合は左手はBBマイナスボタンよりもFINEの方が使いやすいようで、微調整というよりもマイナス側はFINEで操作しているフシがありますね。
ブレーキバランスのボタンの単位、そしてニコがどういう時にFINEを使用するのか理解できました!
ありがとうございます。
もう一点教えてくださいm(_ _)m
「自動的にブレーキバランスが56.0から58.5に戻る」という一文にもすごく驚いたのですが、ターン1からターン3の区間を抜けた時だけ58.5に自動的に戻るようにする仕組みとはどんなことが考えられますか?
いわゆるGPSかなんかで車の居場所を検知して車に載せているなんらかのシステムがターン1からターン3を抜けたら58.5に自動的に戻るように登録されていたとかでしょうか?
すみません、、
質問が長文で複雑だったので割愛します。
「ターン3の立ち上がりでは自動的にブレーキバランスが58.5に戻っています。」
という箇所ですが、自動的にブレーキバランスが戻るリセットボタンみたいなのがついているのですか?
返信が遅くなりました、すみません。
BBが戻る理由は分からないのですが、考えられるのは、ドライバーが押すとその間だけBBを設定値に変えるボタンがステアリング裏側にあるのかもしれません。レッドブルは「ターンXXでトグルをONにしてみろ」というような使い方をするスイッチがありますから、ピンポイントで使いたいセッティング(BBだけでなく様々なパラメーターかも)にビシッと切り替えるスイッチをメルセデスAMGが持っていても不思議ではないですね。
もちろん、GPSやGセンサーでどのコーナーを走っているかは分かりますから、ターン1のブレーキングが終わったら自動的にBBが元に戻るというような1回きりのセッティングというのもあるのかもしれません。
いずれにしても、メルセデスAMGはこのへんの電子制御をかなり細かくやっていますね。カスタマーチームとは同じPUでも制御系にかなり差がありそうです。
日本グランプリ直前のお忙しい中、返信いただきありがとうございます。
細かな解説や予想されるシステムについても解説いただき大変勉強になりました。
今後、メルセデスのステアリング操作をさらに注視していきたいと思います。
F1を楽しむ要素をまた一つ見つけることが出来ました!