REPORT【報道】

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 見事にF1復帰を決めた小林可夢偉だが、そこに至るまでは本当に厳しい道のりだった。本人がすでにYouTubeなどで明かしている通り、ケータハムという下位チームに無報酬かつ資金を持ち込んで乗るという苦渋の決断を下さなければならなかった。それだけでなく、それでさえもケータハムは簡単に可夢偉と契約を交わすことはなかった。1月下旬までドライバー発表がずれ込んでしまった背景には、ケータハムの苦しい台所事情があった。

 

 1年前の2013年のシートを巡る交渉では、可夢偉は「ポイントの獲れないチームで走るつもりはない」という強気な姿勢で臨んだ。そして撃沈した。F1界に留まるだけなら選択肢もあったはずだが、可夢偉は敢えてそれを選ばず、F1から離れるとしてもスクーデリア・フェラーリの一員となる道を選んだ(別項参照)。

 

 ある意味でそれは成功だったかもしれない。可夢偉が語っていた通り、下位チームで2013年を走っていればそこでキャリアが終わっていたかもしれない。戦うのがWEC(世界耐久選手)とはいえ、スクーデリア・フェラーリの一員としてイベント出演もこなし、シーズン中に何度か存在感をアピールしてきた。マラネロ訪問やロシアでのデモ走行、パドックへの来場(モナコ、イタリア、日本)など、スクーデリア・フェラーリの一員であることを利用し、フェラーリから最大限にメディアアピールをさせてきた。その意味では、可夢偉マネージメントは“フェラーリ”を上手く使ったのだ。

 

 しかし可夢偉自身はF1を離れたことを強く後悔していた。日本GPで鈴鹿を訪れた際に「フェラーリでもWECでも学び、自分の引き出しを増やせた。さらに強くなった」と可夢偉は語ったが、そういう面も多少はあったかもしれないが、本心は違ったようだ。周囲の人間によれば、2013年の選択を後悔し、F1に戻りたいという思いを非常に強くしているという様子がかなり伝わって来ていた。可夢偉自身も前述のように語りながらも、「一時は本当にこれで良かったんかなって悩んだこともある」と認めている。

 

 日本GPの時点ではザウバーやウイリアムズなど可能性のありそうな複数のチームと話し合いの場を持ったようだ。しかしまだロータスとニコ・ヒュルケンベルグが動向を決めていないこともあり、ドライバー市場は全く動き出していなかった。どのチームも「いくら持ってこれるのか」という持参金の額の話ばかりだったと、マネージャーの宮川マリオは弱り切った顔をしていた。

 

「本当に今のF1はクレイジーだよ。交渉の席についても、ドライバーの能力や人柄の話なんて一切なし。『いくら持ってこれるんだ』というお金の話しかしないんだ。マネージメントするにしても、全く面白くない。どのチームも本当に財政的に逼迫しているし、もしかすると1年前よりも酷いかもしれない」

 

 この時点で可夢偉サイドが持っていた持参金は『KAMUI SUPPORT』の寄付金も含めて300万ユーロ(約4億円)ほどだったと言われている。その一方で中団チームが「他のドライバーはこのくらい持ってくると言っている」と要求してくる額はケタがひとつ違った。最低でも1500万ユーロ、できれば2000万ユーロだ。

 

 この状況に、マネージメントとしては2014年もF1復帰は断念しフェラーリとの関係を継続すべきだという方針だった。フェラーリとの交渉の中で、WEC参戦だけでなくシミュレーター開発などF1チームの領域へと活動内容を拡大するオファーを得ていた。

 

 しかし可夢偉自身のF1への思いが強く、強気の姿勢を取ってF1に固執しなかった1年前の反省もあり、2014年に向けては何としてでもF1のシートにこだわりたいという意向を崩さなかった。そして結局はマネージメント側が可夢偉の意向を尊重するかたちになった。

 

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 12月に入ってウイリアムズ、ロータス、フォースインディアと五月雨式にドライバーラインナップが決まっていく中で、可夢偉はザウバーと交渉をしていた。ロシアからの資金で財政的に余裕があれば可夢偉を起用する可能性もないわけではなかったが、実際にザウバーがオファーするつもりがあったのはレースシートではなく、金曜フリー走行出走を含めたリザーブドライバーのシートだった、とある関係者は語る。

 

 12月16日に可夢偉が「交渉していたチームからのレスポンスが急に悪くなった」とツイートした頃、ザウバーがエステバン・グティエレスの起用継続を内定したという情報が漏れ伝わってきた。そして21日には正式発表となった。それと前後して可夢偉は19日にケータハムのファクトリーを訪れ、交渉を始めている。

 

 この時点で一部では「小林可夢偉がケータハムの候補に浮上」と報じられたが、ケータハムの共同オーナーでありチーム運営資金を拠出しているトニー・フェルナンデスの第一希望は信頼の篤いヘイキ・コバライネンであり、それを可能にするためにも資金力のあるシャルル・ピックもしくはギド・ファン・デル・ガルデを確保するというのが彼の望みだった。フェルナンデスに近いある関係者は語る。

 

「トニーは一貫してヘイキを起用したい意向なんだ。でも彼はもうF1チームに莫大な資金を投入したいとは思っていない。だからそれを埋め合わせるためにギドと契約しようと最後まで走り回っていた。正式発表の直前、19日にギドの支援者である義父に会って最後の引き留め交渉をしていたくらいだ」

 

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 12月下旬から続いていた可夢偉とケータハムを結びつける報道は、明らかにイギリスから発信されたものだった。チーム運営の実務を担うシリル・アビテブールらチーム側は、ファン・デル・ガルデに対する駆け引きのためか、いつまでも決めきれないフェルナンデスに対するプレッシャーか、いずれにしてもメディアを利用して「世間はこういう選択肢が妥当だと見ている」と示したのだ。

 

 結局、ファン・デル・ガルデはケータハム離脱を選んだ。さらに20日にはアビテブールが「シャルルは今季は我々とともには戦わない」と明らかにしている。その背景には、ケータハムのチーム状況をめぐる不安が大きかったことがあるようだ(別項参照)。そしてフェルナンデスはコバライネンに「すまない、2人のペイドライバーと契約しなければならなくなった」と伝え、可夢偉とマーカス・エリクソンの2人を起用することを決めた。

 

 可夢偉のF1復帰は、こうして決まった。それは決して平坦な道ではなく、むしろ絶望的な場所から這い上がる険しい道のりだった。そして最後の最後まで、ゴールにたどり着けるかどうか分からない道だったのだ。

 

(text by 米家 峰起 / photo by Caterham, Ferrari)

 

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